青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

藤岡拓太郎『大丈夫マン』

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そのほとんどが1ページで終わる藤岡拓太郎の漫画は、いきなり始まって、いきなり終わる。ここには“途中”という感覚がある。高級レストランにて指輪を忍ばせた寿司ネタでプロポーズする大将、家電売り場にInstagramを買い求めにやって来る夫婦、息子の運動会に参加するも借り物競争のモノが見つからず町中を走り回るおっさん、擬音だけで『桃太郎』を読み聞かせる父親、コンビニの店員にとつぜん誕生日を迎えたことを告げられる男・・・など描かれているのは1ページの中で巻き起こる少し特異な出来事なのだけど、ここにはたしかに”これまで“と”これから“があって、読み手は、このキャラクターたちの人生を想像してしまう。それを端的に表現しているのが「キャベツを買った人」という一編だろう。


コインパーキングに設置された自動販売機前の通りを捉えた定点カメラの4コマに、1コマだけキャベツを抱き抱えた男が映り込むというミニマルな作品。しかし、この男は帰ってお好み焼きでも作るのかな、エコバッグは忘れたのかな、それともできる限りは手で持ちたいタイプなんだろうか、なんでこんなにも凛とした顔をしているのだろう・・・というように、たった1コマの絵にこれまでとこれからのドラマを想像してしまう。たった1ページの漫画の登場人物に想いを馳せること。その営みに”生“の実感が宿る。そして、藤岡漫画のキャラクター達は我々よりも先にそれを実践している。

みんなも頭の中でこういうこと考えたりしてるんかなぁ


「18才」

すっかり会わなくなっちまったあの友だちとか
つかの間すれ違っただけのあの人
死んでいても生きていてもぞっとしまう


「こんにちわ」

この「つかの間すれ違っただけのあの人」に想いを馳せることが、今作の根幹に流れるフィーリングだ。道ですれ違った体格のいい少年に「相撲やればいいのに」と声をかけるおっさん、通りがかりのおっさんとおもしろそうだから服を交換してみる男、町でしんどそうな人を見かけたら「座れ」と言って休ませてあげる椅子を持ち歩く男、公園のベンチで相席した主婦に「大きくなったら何になりたいの」と問いかけるおっさん・・・など枚挙にいとまがない。そして、そのフィーリングはラストの「街で」という中編に収束されていく。スリムクラブが2010年の『M-1グランプリ』の決勝ラウンドで披露した1本の漫才にオマージュを捧げたそれは、“街で1回見たことがある人”の葬式に駆けつける男の話だ。葬式会場の受け付けで「普通ですね、街で、1回、見た人の葬式に出席するのは非常識ですよ」と嗜められる。しかし、彼は何もまちがってないのだ。

この歌の良さがいつかきっと君にもわかってもらえるさ
いつかそんな日になる
ぼくら何もまちがってない
もうすぐなんだ
気の合う友達ってたくさんいるのさ
今は気づかないだけ
街ですれちがっただけで
わかるようになるよ


RCサクセション「わかってもらえるさ」

この広い世界には、実は気の合う友達ってたくさんいる。だからこそ、藤岡拓太郎の漫画のキャラクターたちは、それが一見無謀で奇特に思われようとも、街行く人々に果敢に話しかけるのだ。この懸命さが、藤岡ギャグ漫画の隠し味かもしれない。




『大丈夫マン』収録作品で1番のお気に入りはこの「夏祭り」という作品。例年になく人々で賑わう夏祭り。じゃがバター、クレープ、焼きそば・・・といった出店の中に、「腹筋」と書かれた屋台。そこでは男がストイックに腹筋運動に励んでいる。そんな奇妙なシーンを目撃にした1組のカップルが、「ははは」と何事もないかのように笑い飛ばし、「結婚しよっか」「うん」と大きな選択を決断してみせる。腹筋運動とプロポーズにはなんの脈絡もないのだけども、たしかに2人の結婚は”腹筋“に導かれている。それがこの世界の仕組みなのだ。この世界には、あらゆる人生がばらばらに散らばっていて、それらが人知れずに意味もなく折り重なっていく。重なって繋がって続いていく。人生は、命は続いていくというこの”円環“の感触は「夏のこども」に登場する

母さんは まだ死んでいる
わたしは もう生きている

というフレーズが的確に捉えている。そして、今作は谷川俊太郎「朝のリレー」を音読するところが始まっているということ。

カムカッチャの若者が
きりんの夢を見ている時
メキシコの娘は
朝もやの中でバスを待っている
ニューヨークの少女が
ほほえみながら寝がえりをうつとき
ローマのしょうねんは
柱頭を染める朝陽にウインクする
この地球では
いつもどこかで朝がはじまっている

ぼくらは朝をリレーするのだ
経度から経度へと
そうしていわば交替で地球を守る
眠る前のひととき耳をすますと
どこか遠くで目覚時計のベルが鳴ってる
それはあなたの送った朝を
誰がしっかり受け止めた証拠なのだ


谷川俊太郎「朝のリレー」

ぼくらは朝をリレーして、地球を交替で守っている。あなたの不安や心配ごとも、バーっと宙に向かって吐き出せば、誰かがきっと受け止めてくれる。だから、大丈夫、大丈夫、大丈夫。藤岡拓太郎はそんなふうにぼくらに、話しかけとんます。