青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

藤岡拓太郎『コーヒー吹き出さないように気をつけ展』

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夏の終わりの高円寺に『コーヒー吹き出さないように気をつけ展』を観に行ってきた。奇しくもこの日の高円寺では恒例の阿波踊りが開催されていて、街は異様な活気に満ちている。私は踊らぬ阿呆であるし、またどんな顔で阿波踊りを視線を傾ければいいのかもわからない。仕方なしに、陽射しの照り返しによろめきながら、下を向きながら歩いた。翻弄されてばかりの人生だ。展示会場は「クラウズ アート プラス コーヒー」というカフェスペースだった。アイスコーヒーを注文して、一息の涼をとりながら、じっくり展示を眺める。展示されている作品はどれも何度も読んだものだが、溢れる人混みの中で(誰もがコーヒーを吹き出さないように)眺める、その奇妙な連帯感が心地よいのです。「エレベーターの中でボタン押し忘れてるおじさん」という作品の顔ハメパネルがあって、とても賑わっていた。「パネルに顔をハメている人を撮っている人」を撮っている人がたくさんいて、それを見ている私がいて、なんて複雑な視線のサークルなのだろうと思った。



写植も藤岡拓太郎自ら手掛けているという原画を眺める。原画で完成版の間には、細かい修正の跡が見られる。台詞はもちろんのこと、オチのコマの表情に皺を入れるか、入れないか、そんな些細な違いが作品の笑いの質を左右するのである。血の滲むような選択の痕跡の数々に身が引き締まるような想いがした。『夏がとまらない』という大傑作については、以前ブログに想いを綴っているので、そちらを参照して欲しい。
まだお読みでない方はすぐにも本屋さんに走るといいでしょう(うれしい予感をたたえながら)。こんなに素敵な本、そうそうないのですから。『夏がとまらない』刊行後にも藤岡拓太郎は精力的に1ページ漫画を更新していて、そのどれもがまた素晴らしい。何の意味もないことだが、とりわけ好きな作品のタイトルを羅列しておこう。「"おいしい"を"うれしい"と言うおっさん」「もらったプレゼントをすぐゆでる人」「美しい夜」「50018年4月、東京」「ラジオ大好き家族」「夏のこども」・・・また風見2との合作「夕方の作り方」「タクシー」の2本の美しさは言葉にできないものがある。中でも私の1番のお気に入りは「夏祭り」という作品だ。
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藤岡拓太郎 公式ブログ - 1ページ漫画「夏祭り」 - Powered by LINE
カメラワーク、"黒"の表現、人々の表情や仕草、すべてが大好きだ。例年になく人々で賑わう夏祭り。じゃがバター、クレープ、焼きそば・・・出店も多種多様である。その中の一つ、「腹筋」と書かれた屋台では、男がストイックに反復運動にはげんでいる。それを目にした1組のカップルが、ささやかな笑いに包まれながら大きな選択をいとも簡単に決断してみせる。このあらすじ、その脈絡のなさが凄い。藤岡拓太郎はたった1ページで世界そのものを描いてしまっているではないか、という気にさせられるのだ。この世界には、あらゆる人生がてんでばらばらに散らばっていて、それらが人知れずに意味も無く折り重なる。そんな時、わたしたちは何やら確信めいた"生"の実感を得るののではないだろうか。