
山田太一の『岸辺のアルバム』のように始まり、回を重ねるごとに、パートナーの喪失によって世界の手触りが変容していくという村上春樹作品の匂いを漂わせ(松山ケンイチが電話ボックス!*1)、それでいて根幹には悲劇を悲劇だけで描かない坂元裕二のフィーリングがあって・・・と王道ではないのに大衆性を獲得してしまったこの国の偉大なる作家たちのキメラのような作品になってきている。さらには、目には見えない者との対話が始まったり、施設めいたものの登場でカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』のような雰囲気も匂わせたりと、東野圭吾的な犯罪ものの可能性もあるし、とドラマの進む方向が定まらないように、あえて要素を散らしているかのようだ。この作劇は、謎や違和感をまき散らすことで、“考察”を呼び起こそうとしているのではないように思う。生方美久というのは、「他者を一つのわかりやすい物語に回収してしまうこと」を拒絶する作家だからだ。その「わかりやすい物語」の代表であるのが、“可哀想”というやつだ。
地上波デビュー作の『silent』(2022)は、恋が実らなくても、耳が聞こえなくても、「わたしたちは、ちっとも“可哀想”なんかではない!」*2という、世の中に蔓延する決めつけに対する“小さな抵抗の声“が積み重なったラブストーリーだった。『いちばん好きな花』(2023)は、様々な理由で二人組になれずに一人でいる“寂しい人”や“変わった人”とされる主人公たちの心情を繋ぎ合わせて、やはり「わたしたちは“可哀想”なんかじゃない」という叫びを掬い取る群像劇だった。『海のはじまり』(2024)は、あらゆる深刻なシチュエーションに陥った登場人物を用意し、誰が一番“可哀想”なのかを競うかのような作劇のように思えたが、最終的にそういった視聴態度そのものを覆すというか、他者に対して“可哀想”というレッテルを貼ること自体を否定するような物語であった。人は簡単に“可哀想”という物語を他者に与えようとするが、人間はそんな単純な物語よりも、ずっと複雑にそれぞれの人生を生きている。これが、生方美久の筆致の最も色濃い部分だと思う。可哀想な人は、ずっと可哀想でなくてはいけないか?いや、そもそもわたしたちは本当に可哀想なのか?ということを、『Tシャツが乾くまで』においても筆を研ぎ澄ませて書き続けている。配偶者を喪失してしまった樹生と咲子は周りから、ひたすらに“可哀想”がられる。
若いのにな 可哀想に
可哀想なのは咲子さんだよ
みんなすごく心配してて可哀想だよねって
こんな時にミスなく仕事できちゃうほうが変です
園田さん 普通に仕事できてて凄いですね
ちゃんと食べてますか?
平気に見えちゃうから心配だよ
周りからは“可哀想”と思われてしまう状況でも、そのかなしみやしんどさを表に出せないタイプの人もいる。そんな樹生と咲子は、喪失したパートナーの亡霊と喋り続ける。かなしみを自分の中に閉じ込めるように。どんなに可哀想でしんどい状況であっても、彼らはしっかりと働こうと努める。そして、多少の抵抗感を抱えながらも、煙草を吸い、酒を飲み、テーブルを囲み、花火を見ながら笑い合ったりもする。世間に中指を立てるように。
喪に服すって
ずっとメソメソ泣いてろってことなんですか
ミスなく仕事するのは 妻が死んでも平気なやつってことですか
あれ 何なんでしょうね
不幸になった人がずーっと不幸でいてくれないと困ることでもあるんですかね
ここには明確な坂元裕二からのリファレンスを感じる。被害者家族だからといって、一日中泣いているわけではない。ご飯も食べるし、笑うこともある。しかし、笑っている瞬間だけ切り取られると、「本当に悲しんでいるのか」と世間から指をさされる。こういったことを繰り返し描いてきたのが、坂元裕二という作家だ。『それでも、生きてゆく』(2011)や朗読劇『不帰の初恋、蛯名SA』(2021)、『カラシニコフ不倫海峡』(2014)からの影響を生方美久なりに嚙み砕いた作劇を『Tシャツが乾くまで』に感じる。
一体どういう話になるのだろうというドライブ感がありつつも、最も惹かれるのはそのミステリーの部分ではなく、樹生と咲子の傷を舐め合うインモラルでエロチックなラブストーリーの要素であり、その切なさがしっかりと描写、演出されているからに今作には強度がる。苦手なものを共有し、交換して深まっていく恋!そして、樹生や咲子のキャラクターの実存性というか生々しさは、これまでの生方作品の中では群を抜いている。基本的には善良なのだけど、時折「なんだ、こいつ・・・」と思える要素があるからこそ、愛おしい。樹生のネチャっとしているのだけど、かわいらしい感じは中島歩にしか演じられる。個人的に好きだったシーンは第3話での樹生のカレーのTシャツへのこぼし方と「何 買ったの?・・・開けちゃうからね」の発話(泣く)と咲子のカレーパンの最後の一口の頬張りです。4話の樹生が咲子を花火大会に誘うLINEのまわりくどさもリアルでたいへん良かった。



