青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

さくらももこ『ちびまる子ちゃん わたしの好きなうた』

まる子が万歳している瞬間にも
宇宙全体のそれぞれの生命が平行して
それぞれの世界をくり広げています
ちびまる子ちゃん』では まる子の世界をクローズアップして描いていますが
平行して動いているあらゆる世界のことを
私は忘れないでいようと思います

これは映画『ちびまる子ちゃん わたしの好きなうた』の原作として書き下ろされた漫画版のおまけに何気なく記されていた言葉。しかし、ここにさくらももこという作家の魂の根幹が示されているように思う。「平行して動いているあらゆる世界のことを私は忘れないでいようと思います」という宣言のとおり、フィルムは静岡県清水市の町並みを俯瞰で捉えるところから始まり、町の中に点在するモブキャラクターの何気ない仕草を切り取ったいくつかのショットが連なっていく。町で一瞬すれ違い、また別れていく人々。彼らの中にもそれぞれの人生の物語が、つまりは“うた”があり、それぞれのうたの響き合う場所が町であり、宇宙であるということ。

「“うた”とは物語であり、人生そのものである」といったやや大袈裟な導入となってしまったので、 “うた”を単純に音楽だとしてみても、それはやはり生きる上で重要な意味を持つ。特に、さくらももこにとっては。筒美京平*1大瀧詠一細野晴臣、たま、小山田圭吾電気グルーヴホフディラン忌野清志郎桑田佳祐・・・彼女が作詞などで関わった音楽作品のクレジットを列挙するだけでも、その音楽に対する想いがひしひしと伝わってくるだろう。音楽映画である今作においても、大瀧詠一「1969年のドラッグ・レース」、久保田麻琴によるアレンジのインドネシア歌謡「ダンドゥット・レゲエ」、細野晴臣「はらいそ」、たま「星を食べる」、笠置シヅ子「買い物ブギ」、杉真里のペンによるビートルズ風のロックンロール「B級ダンシング」と、そのセンスをいかんなく発揮している。

さて今回の映画の見どころの大きなポイントは音楽シーンにあります
私はディズニーのファンタジアやビートルズイエローサブマリンなど
アニメと音楽の合体した作品に深く感動していたので
そういう音楽シーンの見せ場を盛りこみたいとつねづね考えていました


「すごい!!アニメーション映画をみんなでつくろう!!・・・・・・というたいへんな日々」より

漫画版のあとがきにもあるように、『ファンタジア』や『イエローサブマリン』のような、音楽とアニメーションの幸福な融合が今作の最大の見どころだ。芝山努(『ドラえもん』映画作品)や湯浅政明(『マインドゲーム』『四畳半神話大系』など)らが演出を手掛け、揺れる精神世界を描いたサイケデリックなアニメーションパートはこの映画が熱狂的に支持される大きな要因といえるだろう。音楽パートによるアニメーション演出は、劇中では主にまる子が“うた”や絵といった芸術に触れた時に立ち上がっていく(もしくは、花輪くんのロールスロイスでのドライブによる高揚感、お風呂に漬かる極楽のような心地よさ)。つまり、豪華絢爛なめくるめくアニメーションは、芸術と触れ合った時に人々の脳内に沸き起こる高揚感・イマジネーションの豊かさを描いているのだ。さくらももこは芸術の力、そしてそれを感受する人間の可能性を信じ切っている。その事実がまずもって胸を打つ。


楽曲の権利の問題なのか2022年現在もDVD化しておらず、その視聴機会の少なさもあり、一部でカルト的人気を巻き起こしている今作。しかし、ストーリーとしては実にシンプルだ。町で偶然出会った絵描きのお姉さんとまる子の心の交流、その“出会いと別れ”を描いたメロドラマである。音楽の時間に習った童謡「めんこい仔馬」を気に入ったまる子は、“わたしの好きなうた”を絵にするという図工の課題に「めんこい仔馬」を選ぶ。なかなか絵を上手く仕上げられないまる子はお姉さんに相談を持ち掛ける。すると、この歌が実はのどかな童謡ではなく、かわいがっていた仔馬を、涙を堪えながら軍馬として戦地に送り出す気持ちを歌ったものだということを教わるのだった。

まるちゃん・・・この絵
・・・この子はいつか仔馬とお別れする日が来るけれど・・・
この仔馬のことを大好きな今のこの子の気持ちは
永遠に変わらない・・・・・・っていうイメージにしたらどうかな

生きていると、必ず“お別れ”というものがやってくる。そのことに幼いまる子は少しずつ気づき、受け入れていく。なぜなら、たとえ別れてしまったとしても、かつて交わし合った想いというのは永遠に残り続けるからだ。芸術家は、その想いを歌や絵や小説といった作品に変えていく。さくらももこもそんな芸術家の一人だが、その才能の凄まじさは、その“かつての想い”を、思い出というトーンで語るのではなく、“今この瞬間”として描くことのできる筆致の解像度にある。さくらももこがいたおかげで、わたしたちは、かつての実家や教室のあの雰囲気や、遠足や運動会や駄菓子屋にもたしかに社会のルールのようなものが存在して、子どもなりに頭を捻らせ、喜んだり泣いたりしていたことを今でも鮮明に覚えていられる。エッセイ漫画家として、何気ない、それでいてとてつもなく眩いエピソードを拾い上げてきた恐るべき観察眼と記憶力は、“美しい時”というものへの貪欲さに下支えされているのだという。またしても、原作漫画のあとがきからの圧倒的な名文を引用することで、このエントリーを締めようと思う。

まる子は幼くて、まだ“今この瞬間”のひとつひとつがいつか思い出になってゆくことに気がついていません。お姉さんと出会った瞬間も、水族館へ行っている瞬間も、それがそのまま全部思い出になってゆくという実感がないまま時がすぎてゆきます。それはある意味では子供時代のひとつの哀しさであり、そのような透明な切ないトーンをこの物語ではうまく表現できればいいなあと思って描いてゆきました。


生きてゆく中では「あとからになって思い出として美しくよみがえってくるのに、その瞬間には気がついていない美しい時」が山ほどあります。私はそういう瞬間をリアルタイムで見逃さずに生きてゆきたいと切に投げっています。その瞬間ごとが、どんな思い出よりも一番充実していると実感できる人生を送りたいと思うのです。だから、普通に街を歩いている時も、陽のあたる道にじぶんの影が落ちている様子でだけでも「うんうん」と確認しながらうれしいと感じて生きている“その時”をいちいちかみしめるようにしています。まる子の舞台は日常ですから、あの子が時々ふっとそういうことを感じる場面が私は大切だと思って描いています。<中略>まる子は少しずつ”今“が思い出なってゆくことに気がついて成長してゆくのです。

*1:この映画のエンディング曲は筒美京平が作曲、さくらももこが作詞を手掛けた高橋由美子「だいすき」だ。この楽曲の「今日がある日思い出になるの ほんとよ いつかきっとあえる わすれないでいてね 遠くふたり はなれても ひびいてる 同じメロディ」という歌詞は本作のフィーリングが表出されている

藤子・F・不二雄『ドラえもん のび太の宇宙小戦争』

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反乱軍によるクーデターにより追い詰められた大統領がロケットで宇宙空間に脱出・・・そんな遠い星でのできごとが、地球の少年たちが部屋の一室で撮影に興じるミニチュア特撮「宇宙大戦争」と同期していく。このマクロとミクロの交錯、そのことで生じる奇跡のようなワンダーこそが、映画ドラえもんの本質である。武田鉄矢が『藤子・F・不二雄大全集』に寄せた文章の中にこんな一節がある。

たとえば、巻き貝と銀河系は、うずの巻き方が同じだということをご存知でしょうか。そこには、ものすごく小さなものとものすごく巨大なものが、なぜか同期している不思議さを感じます。自然界で単独に存在しているものは何ひとつなく、すべてのものが何かと同期したりシンクロしたりしながら宇宙の一部であり続けているのです。そうした自然観や宇宙観がドラえもんの世界にはふさわしいと、いつの頃からか私は考えるようになりました。

まったく痺れてしまう。武田鉄矢*1はあまりにも偉大な藤子・F・不二雄の理解者である。映画1作目『ドラえもん のび太の恐竜』の主題歌であり、テレビシリーズでも頻繁に使用された名曲「ポケットの中に」*2の作詞も武田鉄矢によるものだ。そこにはこんなラインがある。

ボクはここにいる 君の目の前に
君がおとなに なるまでは
あそびつづけよう ボクといっしょに


原作の短編やテレビシリーズにおいてはひた隠しにされている、いつかは訪れるはずのドラえもんのび太の”別れ”。『ドラえもん のび太の恐竜』の中で描かれるピー助との別離によって、その予感がボンヤリと浮かび上がっていく様を見事に詩の中に落とし込んでいる。『ドラえもんのび太の宇宙小戦争』におけるメインテーマである「少年期」もまた、実に的確に「映画ドラえもん」の核を捉えてしまっている。

悲しい時には 町のはずれで
電信柱の明り見てた
七つの僕には 不思議だった
涙うかべて 見上げたら
虹のかけらが キラキラ光る

この叙情性こそが、テレビシリーズと映画版の差異と言っていいだろう。幼き頃の、日常の何気ない風景が星空瞬く宇宙空間と繋がってしまう不思議。

あぁ 僕はどうして大人になるんだろう
あぁ 僕はいつ頃 大人になるんだろう

そして、何よりこのサビのラインである。短編の『ドラえもん』がのび太達の変わらない日常を描き続けていくものだとしたら、のび太の勇敢さやジャイアンの優しさが顔を覗かせる「映画ドラえもん」というのは “成長していくこと”を捉えた、“変化”の物語である。映画の中でのび太達は、いつもの町を抜け出し、太古の時代、宇宙、魔界といった異世界の友人たちとのいくつものハローグッバイを重ねながら成長していく。少年たちは、少し不思議な想像力の世界の中で、そのイマジネーションを“誰かのことを想う”力に置き換えながら大人になっていく。


この『ドラえもん のび太の宇宙小戦争』における少年たちの成長は、戦争の凄惨さを肌で実感していくことでなされる。中でのもスネ夫は、戦争の恐怖に飲み込まれ、身動きがとれなくなってしまう(普通の少年であれば、当然のことだ)。

そりゃあわたしだってこわいわよ。
でも…、このまま独裁者に負けちゃうなんて、あんまりみじめじゃない
やれるだけのことを、やるしかないんだわ。

と、戦車に乗り込み立ち向かう静香の姿は感動を呼ぶが、それよりも重要なのはスネ夫がしっかりと戦争に怯えていることだろう。ミニチュア特撮「宇宙大戦争」においてあまりに無邪気に爆発させていたシャトルの一つ一つにパイロットがいて、その爆発は、戦争は、彼らのささやかな営みを奪ってしまうことなのだと少年たちが肌で感じていく。想像力とは、他者を思いやるためのものだ。コロナウィルスの蔓延によって公開が遅れたことにより、奇妙にも現在の国際情勢とリンクしてしまったリメイク版『映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争2021』もまた、まさに今観るべき1本に仕上がっていると言えるだろう。


余談にはなるが、『映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争2021』において、静香によるリリカちゃんとウサギちゃんの映画撮影シーンが抜け落ちているのは少し残念。あの”ウサギの失踪”というモチーフが、日常への異世界の浸食が見事に表現されていた。そして、ウサギに導かれて異星人パピが現れ、のび太たちも姿を小さくしていくというストーリーテリングには、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』が重ねられていることに気づくだろう。『ドラえもんのび太の宇宙小戦争』というのは、藤子・F・不二雄による『スター・ウォーズ』×『ガリバー旅行記』×『不思議の国のアリス』という想像力のタペストリーであったのだ。

*1:本人に潜む邪悪性はさておき

*2:大山のぶ代の名歌唱!

『劇場版まーごめドキュメンタリーまーごめ180キロ』

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『劇場版まーごめドキュメンタリーまーごめ180キロ』は傑作だ。不条理を支える研ぎ澄まされた言語センス、そして引用の多様さ的確さに、お笑いが新しい世代に突入していることを痛感させられる。2022/2/20(日)まで配信が延長されているとのことなので、ぜひとも視聴をオススメいたします。ここには間違いなく1500円以上の価値があるのです。


ここでは、“お笑い”であることを一旦無視して、ネタバレ全開で『劇場版まーごめドキュメンタリーまーごめ180キロ』を語ってみたい。原宿の喧騒の中に構えるワタナベエンターテイメント本社前、大きな身体を所在なさげに佇む大鶴肥満から映画は始まる。大鶴肥満はワタナベの所属タレントであるマルシアの出待ちをしている。なんでも、彼はマルシアに“謝りたい”のだという。ここで、大鶴肥満の存在を知らない方のために記しておくと、大鶴肥満というのはママタルトというコンビのお笑い芸人であり、大鶴義丹に顔が似ていて太っているから“大鶴肥満”と名乗っている(ちなみに学生時代には『笑っていいとも』に大鶴義丹のそっくりさんとして出演したこともある)。そして、彼が出待ちをしているマルシアというのは大鶴義丹の元嫁である。大鶴義丹の不倫が原因で離婚することになったのだが、その際に大鶴義丹が放った「まーちゃん(=マルシア)ごめんね」という言葉を、「まーごめ」と略して大鶴肥満はある種のギャクとして使っている。そんな大鶴肥満は、なぜマルシアに謝りたいのだろう?大鶴肥満は言う。

私のその、もう一人の私である大鶴義丹さんがお粗末なことをしてしまったので
一応、大鶴義丹さんが謝ったんですけども
まだ全然足りてないんじゃないかなって
ひどく傷ついたと思うんですよ、まーは
だからちゃんと謝りたいなって思いましてね すいません

大鶴肥満とマルシアの間には本来なんの関係性もないはずだが、大鶴肥満はもう一人の大鶴義丹であるからしマルシアに謝罪し、傷ついた彼女を癒す、ということなのだ。
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大鶴肥満は別のユニバースの大鶴義丹?傷を癒すために時空を超えてやってきた?ここで思わず、映画『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』を想起してしまったのだが、おおいに横道に逸れてしまうので止めておこう。重要なのは、大鶴肥満の「まーごめ」は、”傷をケアするためのもの“ということだ。この映画は、「まーごめとは何なのかというのをお伝えするドキュメンタリーである」ということなのだが、すでに冒頭でその答えは提示されている。であるから、ドキュメンタリーはこの冒頭以降、「まーごめ」についてはほぼ触れられず、大鶴肥満の口から「まーごめ」が発されることも稀である。この映画のカメラが収めるのは「まーごめ」ではなく、大鶴肥満の”傷“だ。大学の野球サークルでの傷、マッチングアプリでの傷(ロシア版 mixi Badooで裸の写真をばら撒かれたエピソードは出色)、祖母との関係性による傷、小学校時代の給食での傷(きゅうりリベンジ)、中学時代の告白で受けた傷、高校時代のイジメの傷、学生お笑いで抱くコンプレックスでの傷・・・そして、実家に赴いたことで露わになる父親との確執という傷。

ごめんな そんな子どもに育てちゃって
もうちょっと才能がある子どもに育ててあげればよかったのに

という父親の言葉が強烈だ。ここでの父親からの「ごめんな」と、「まーごめ」における“ごめん”は一線を画す。「まーごめ」が傷をケアするものであるのに対して、この父親の「ごめん」はむしろ謝罪に擬態した暴力だ。このドキュメンタリーのもう1つの核である大鶴肥満の恋物語のエンディングでMちゃんから発される

ごめんなさい本当にごめんなさいお友達です
ごめんなさい異性としては見られないです

この「ごめんなさい」もまた、謝罪のふりをして大鶴肥満を傷つける。大鶴肥満を癒せるのは「まーごめ」だけなのだ。傷ついたマルシアを癒すための「まーごめ」は、実は大鶴肥満の傷を癒すための呪文であるのかもしれない。であるから、前述のように傷だらけの大鶴肥満はお笑い芸人として「まーごめ」を唱え続ける。規則性を無視して乱発するのだ。


大鶴肥満が恋するMちゃんへの想いは実に純粋だ。余談になるが、大鶴肥満が愛を向けるものはすべてMである(Mちゃん、マルシアマクドナルド、漫才、松井秀喜名探偵コナン、Mother”お母さんやったよ!“、そしてママタルト)。

今 自分が嬉しいと思うことが全部取り上げられても
その子と付き合えるんだったら嬉しいってなりますね
僕はやっぱりね その子と付き合うことによって
今までその・・・
ずっともう凝り固まったもうなんか
あるんですよたぶん
奥の方に根付いてるこの青春という名の耳垢・・・
<中略>
スッキリすると思うんですよ 僕はやっぱり付き合えたら
本来の普通の人だったら
ずっと感じてた“青春”っていうものを
今29歳ですけども
僕は取り戻せると思ってるんですよ

傷ついた大鶴肥満の最大の欠落が語られるこのシーンには涙を禁じ得ない。「私は空っぽなんですよ」と言う、大鶴肥満の最大の欠落は“青春”であった。彼自身はそれを恋愛で補おうとしているのだけども、大鶴肥満が語る恋愛の定義はこうだ。

喜びを一緒に共有するっていう経験

それはつまり青春そのものであって、であゆなしるならば、大鶴肥満はまさに青春を謳歌している。その事実がこの映画には刻まれている。真空ジェシカ、さすらいラビー、ストレッチーズ、ひつじねいり、オズワルド伊藤、蛙亭イワクラ、森本サイダー、そして相方の檜原。

気づけば一緒に売れようっていう仲間になっていることが
僕は嬉しい

大鶴肥満にとって檜原は本当に
光 光ですね
檜原がいるから俺は突き進むことができるんだって思っています
時々眩しくてね
見ることができない時もあるけども
ずっと俺の前で輝き続けてほしいなって思ってます
ごめんなさい俺キルアみたいなこと言っちゃいましたね
キルアがゴンに対してみたいな
まぁけど本当にそうですね
なんかその「ありがとう」としか言えないですね

HUNTER×HUNTER』のパロディに忍ばせて照れてみせるが、「まーごめ」というギャグを手にした大鶴肥満に恋人はいなくても、『少年ジャンプ』的な喜びを分かち合う仲間がいる。とりあえずはそれで充分ではないか。しかし、大鶴肥満は今日もまた零す。まーちゃんごめんね、まーごめ。それはいつかまた別の誰かを癒す言葉になるのかもしれない。大鶴義丹がマルシアに向けた“ごめんね”がその矢印を変え、大鶴肥満の傷を癒したように。

『キングオブコント2021』&『空気階段の踊り場』

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「これが“寂しい”って感情かなぁ?」
「どうしよう…愛おしい」


蛙亭

「やぁ…好きだなぁ」
「ちょっとぉ、愛が止まらないなぁ」


男性ブランコ

「ここになんかある…胸が温かい」
「この気持ちはなんだろう?」


ザ・マミィ

初出場のコント師たちが揃って、“心”についてのコントで人間愛を叫び、その果てに「生まれてきた意味がありますね」と漏らした空気階段が優勝を飾る。その美しい連なりに、『キングオブコント2021』という大会を通して1つの作品なのだという感触を抱かせた(そういうのを抜きにしてもシンプルにネタが粒揃いで史上最高の大会でした)。彼らがコントで表現してみせた愛というは、 “異質さ”を受け入れるという態度だろう。酒焼けダミ声の関西弁からホムンクルス・・・とその異質さに幅はあるものの、コントの登場人物たちはその“変なところ”に愛おしさを見出していく。優れたエンターテインメントというのは時代や社会と密接に結びつくものだが、まさに多様性が声高に叫ばれる時代が要請したコントという趣である。男性ブランコの一本目の構成と演出の見事さに1番笑いました。あと、蛙亭の「オムライスを食べたいから」という脱走劇に宿る、“この世の理から逸脱した詩情”に痺れてしまったのだけど、そこは来年のこの時期に書くことができたらうれしいなと思う。


今大会の主役はもちろん空気階段。異質さ(多様性)と愛のコント大会の中で、空気階段が突出していたのは、時代とか社会がどうこうではなく、「世界とははなからそういうものでしょう?」というような態度ではないだろうか。SMクラブで変態プレイに勤しむ公務員はいる。いや、“いて”いいのだ。だから、空気階段のコントでは当たり前のように“いる”。彼らはブリーフ一丁の姿でもって、当然のように正義感に駆られ、人命救助に勤しむ。その状況に対するツッコミはなく、まさに活劇としか呼びようのない肉体の躍動でもって、ただただ人間が持ち合わせる多面性を舞台上に刻みこんでいく。笑いと感動を同時に引き起こす、まさに歴代最高得点にふさわしいコントであった。


空気階段はいつだって、この歪で複雑な世界をまるごと描こうとしている。本当に美しいものは、ノイズの中から浮かび上がる、というのが彼らの一貫した態度だ。であるから、感動的な人命救助物語の舞台設定はSM風俗であるし、甘酸っぱいような恋に落ちる喜びを描く際も、社会から見捨てられたようなアウトサイダー達の蠢きが必ずや同時に描写される。優勝報告のラジオ『空気階段の踊り場』の生放送では、これまでの苦労や喜びを分かち合う感動的な演出の中に、鈴木もぐらが舞台上でウンコを漏らした話を混ぜ込んでみせるのだ。


昨年の『キングオブコント』直後の放送と同様に、もぐらによる

僕たちはひとりじゃないよ!
ひとりじゃない
俺とお前はひとりじゃない

という口上によって登場するのがサプライズゲストである銀杏BOYZ峯田和伸。耳をつんざくような轟音の中で、恋と退屈を美しいメロディで歌い、世界をまるごと鳴らそうとしてきたミュージシャンだ。空気階段には、銀杏BOYZの音楽が息づいている。峯田が弾き語りで「エンジェルベイビー」を歌いだす。

Hello my friend
君と僕なら永遠に無敵さ
さようなら 美しき傷だらけの青春に


銀杏BOYZ「エンジェルベイビー」

まさにドキュメンタリーラジオと呼ばれる『空気階段の踊り場』青春篇の完璧なピリオドだ。さようなら、空気階段の美しき傷だらけの青春。そして、2人はこれからも永遠に無敵さ。

最近のこと(2021.09.27~10.03)

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2021年9月27日月曜日

起床して、『問わず語りの神田伯山』を聴きながら朝の身支度を進める。神田伯山ハゲ治療語り、抜群におもしろい。伯山のラジオは毒舌全開の時よりも、自分を貶めるくらいの時のほうがバランス良くて好き。昨日の晩御飯であった鯖の炊き込みご飯が残っていたので、おむすびにして会社へ。おむすびを持参しているだけで、いつもの通勤路も少しだけ特別な気持ちになる。“おにぎり”よりも“おむすび”って響きのほうがかわいい。この間、船場方面で「おむすびコミュニケーション」なる素敵な冠を掲げたお店を見つけた。お店が開いていたことがないのだけど、潰れてしまったのだろうか。これ以上ないコミュニケーションのあり方だと思うのに。それにしても、おにぎりとおむすびの2つの響きの違いは何なのか。どうやら形状や地域での差異は明確ではないらしい。おにぎりは“鬼切りで、おむすびは”お結び”が語源という説が濃厚だそうだ。

仕事のスケジュールが立て込んでいて、移動に次ぐ移動。移動中に聞いた先週の『オードリーのオールナイトニッポン』がとてもよかった。ひさしぶりに若林さんが適当に喋っているな、という感じがしたからだろうか。配慮の行き届いたトークももちろん素晴らしいのだけど、やっぱりラジオを聴いて、「無茶苦茶なこと言ってるなぁ」と笑いたい。先日、MC WAKAに憧れて、眼鏡屋でBJ CLASSICの棚を眺めていたら、店員さんに「こちらのブランドは芸能人に方もよくかけられていて~」と話しかけられ、今にも星野源の話題が始まりそうだったで、サッと受け流して慌てて逃げた。ときに、わたしは最近オーバーオールをたまに着用するようになったのだけど、これは実は若林憧れというよりも、ザ・マミィのラジオでの、岡野陽一(元・巨匠)&酒井がオーバーオールを着るようになったというエピソードを聴いてからなのである。肉の塊であるところ2人が着てもキャッチーに映えるというオーバーオールで、わたしもポップな存在に生まれ変わりたいと思ったのだ。オーバーオールはなかなかにハードルの高いアイテムで、着用にあたっては勇気を要する。帰京した際に、思い切ってオーバーオールで友人たちに会ったのだけど、1時間以上経つまでオーバーオールを着ていることにすら気づいてもらえなかった。大阪でオーバーオール着ている人なんてめったに見かけないのだけど、東京では当たり前の存在なのでしょうか。ちなみに、母には「なにそれ?流行ってんの?」と怪訝な顔で言われました。

帰り道は、池城美菜子&磯部涼がゲストの『POP LIFE:The Podcast』を聴く。英語のヒアリング能力がないわたしは、結局のところカニエ・ウエストのこともドレイクのこともよくわかっていないので、勉強になった。わからないなりに『Donda』も『Certified Lover Boy』も熱心に聴いている。好みで言えば、6月にリリースされたタイラー・ザ・クリエイターの『CALL ME IF YOU GET LOST』なのだけど。

営業所に戻ると、机の上に先日の健康診断の結果が置いてあった。昨年は3項目で再検査になっていて、「いよいよ始まったか・・・」と震えていたのだけども、なんと今回は再検査なし。すべての数値が回復しているではないか。納豆、豆腐、キムチ生活が功を奏したのかもしれない。安心な気持ちで帰宅。なんと家にはまだまだ鯖の炊き込みご飯が残っている。インスタントのお味噌汁と一緒に頂く。やはり、炊き込みご飯は美味い。秋刀魚の炊き込みご飯も食べてみたくなった。秋刀魚に想いを馳せながら、斉藤哲夫『僕の古い友達』を聴く。このアルバムには「さんま焼けたか」という名曲が収録されている。わたしにとって秋刀魚と言えば、この曲と三代目三遊亭金馬の「目黒のさんま」、そして『ドカベン』の岩鬼だ。「最近のこと」を書いて眠る。書いたものを読み直してみて、記録性を下げて、もう少し日常の解像度を上げて書いてみたいなと思った。

2021年9月28日火曜日

なにやら異様に眠い。運転しながらラジオを聴いていても寝落ちしてしまいそうになるので、音楽に切り替える。斉藤哲夫グッド・タイム・ミュージック』とMaya Hawke『Blush』を聴いた。マヤ・ホークと言えば、『ストレンジャー・シングス』の新しいシーズンが楽しみ。先日、ひさしぶりにシーズン1を観直した。わたしは“すべての者の父”であらんとするホッパー署長が1番好きです。

眠い上に原稿の締め切りが過ぎていて胃が痛い。18時に急いで退社して、家に帰らずにそのままドーミーインへ。宿泊ではなく4時間パック。原稿の締め切りが昨日までなのに1行も書けていなかったので、サウナに入って脳みそをリラックスさせてから一気に書き上げることに。家から数百メートルのホテルで缶詰めになるという実に無駄なお金の使い方なのだけども、小学生の頃に『まんが道』を読んで以来、手塚治虫藤子不二雄がホテルに缶詰めになって原稿に追われるあの描写に憧れていたのだ。しかし、フロントで名簿に住所を記入するのが少し気恥ずかしい。家に帰らせてもらえない甲斐性無しの夫のようではないか。とは言え、誰もいちいちそんなことを気にしないというか、他人はわたしにそこまでの興味を持っていないということをすでに知ってしまっている。このドーミーインのデイユース4時間パックには、実は最近ハマっていて、これで利用はもう4回目だ。サウナ愛好家には知れ渡っていることだが、ドーミーインの大浴場はとても良い。サウナも水風呂も本気仕様で、露天スペースには外気浴用に椅子も置いてある。どのドーミーインに行ってもほぼ外れはなく、ドーミーインが好きすぎるあまり、ドーミーインに泊まるために、遠方に出かけたりもする。わたしのオススメは京都駅近くにある「天然温泉 蓮花の湯 御宿 野乃京都七条」だ。旅館テイストで、もはやビジネスホテルの面影はなし。2階建て構造の大浴場の充実は圧巻。京都にお越しの際はぜひ。そして、ドーミーインと言えば夜鳴きそば。21時以降にレストランで無料提供される中華そばなのだけど、これが素朴な味わいが泣かせるのだ。サウナで脳みそと身体の疲れを取り除き、なんとか2時間ほどで原稿を仕上げて啜る夜鳴きそばの美味かったこと。残りの時間でベッドに寝転び、モノマネ番組なんかをテレビで観る。ホリのマヂカルラブリー野田さんのモノマネ、好き。ホテルを後にして、5分もかからず帰宅。もう中学生が出演していた『しゃべくり007』をTVerで観て大いに笑った。もう中学生のエピソードトークは、イリュージョン漫談と呼んでしまいたい。目くるめくイマジネーションの飛躍に次ぐ飛躍。チャイルディッシュなのにクレーバーで詩的だ。『マツコ&有吉のかりそめ天国』でのロケも抜群だったし、ここから更に売れまくって欲しい。

2021年9月29日水曜日

昨夜のサウナのおかげでぐっすり眠れた。起き抜けにTwitterを開くと、ヤクルトスワローズ雄平の引退報道。今年は2軍でも調子が上がっていなかったので心配していたのだけど、いざ決まると寂しい。2015年のリーグ優勝を決めた決勝タイムリーは今でも脳裏に焼き付いている。雄平ほど楽しそうに野球をするプロ選手をわたしは観たことがない。フライをキャッチするだけでもいつもニコニコしている、大好きな選手であった。これはもう今年は雄平のためにもぜひとも優勝してくれ。あと、青木にも優勝させてあげたいですよね。

この日は京都の福知山市へ。大阪からは2時間もかかるので、『アルコ&ピース D.C.GARAGE』を聴きながら、のんびりドライブ気分で。番組中で読まれた“神社&お寺”というラジオネームが異様におもしろくて、車の中で大笑いしてしまった。冷静になってから、何がそんなにおもしろかったのだろうと考えてみる。神社とお寺という近いイメージの2つを組み合わせるのはいいとして、神社とお寺に似つかわしくない“&”という響きでもって繋いだことがおもしろかったのだろうか、というところまで辿り着くも、いやそもそも神社とお寺をラジオネームに選ぶこと自体がおもしろいじゃないかと考え直した。

長距離運転に疲れたので、西紀サービスエリアで休憩。「ココに立ち寄ったら絶対コレ!」という看板に煽られ、こちらのサービスエリアの名物であるという黒豆パンを買ってみる。“丹波の黒豆”と言えば、高級品だ。大粒でモチモチしていて、ほんのり甘く美味い。サービスエリアを後にして、再びドライブ。映画『ドライブ・マイ・カー』を観てからというもの、わたしも西島秀俊に運転手として採用してもらいたいという気持ちが芽生え、加速と減速に気を使うようになった。西島秀俊に乗っていることを忘れて欲しい。

帰宅して、『有吉の壁』スペシャルをぼーっと観ながら、楽しみにしていた『水曜日のダウンタウン』の「おぼん・こぼんヒストリー」まで待機。まさかの次週に続くであったけども、見応え抜群であった。どっちがおぼんで、どっちがこぼんなのかを完全に把握したぞ。

2021年9月30日木曜日

朝から会議。月末の精算処理があり、早めに帰社しなくてはいけないのだけど、訪問しないといけない案件があったので、京都へ。時間がないので、ローソンで買ったおにぎりを齧りながら走る。215円もする「のどぐろ醬油漬け焼き」を買ってしまった。コンビニのやつは、おむすびじゃなくておにぎり、って感じがするな。一仕事終えると、お腹が空いてしまったので、セブンイレブンアメリカンドッグを買って食べた。『ハライチのターン』と『アルコ&ピース D.C.GARAGE』で立て続けにアメリカンドッグの話を聞いていたので、完全に影響されてしまった。揚げたてだったので、むやみやたらに美味しくて感激。

セブンイレブンの高級キリマンジャロブレンドがいつの間にか終了してしまい寂しい。まだまだ旗やポスターがそのままの店が多いのだけど、どこに行っても置いてはいない。あのネイビーはとてもいい色合いだったので残念だ。ホットのキリマンジャロブレンドとして復活しないかな。

aikoの新曲「食べた愛」がとても好きで、車でよく流している。イントロでいつもハッとする。あと、PSGとOriginal Loveの「I WISH/愛してます」は昨日のリリースから何回聴いたからわからない。PSGの「愛してます」がOriginal Loveからのサンプリングだったことも知りませんでしたけど。

SurpriseなくらいにオシャレなShirtにiron
HipHopブランドじゃ子ども過ぎるから
親父がmama落としてときこれ着てたって
油断した足取りでentranceはguest
頼むよmen RLのShirt 酒は勘弁

のS.L.A.C.K.(今は5lackか)が好き。ラッパーがかしこまる時に着るシャツはたしかにブルックスブラザーズよりラルフローレンという感じがします。Original Loveと言えば、爆笑問題太田光が「朝日のあたる道」が大好きという話を聞いた記憶があるのだけど、ネットで検索しても出てこない。夢かな。

帰り道にスーパーに寄って、豚バラと白菜を買ってお酒とだし顆粒で蒸して食べる。『マツコ&有吉の怒り新党』の解散生放送を観た。懐かしい映像の数々、そしてマツコ・デラックスと有吉ともに、加齢と時代にわせてなのか、ものすごくマイルドになっていってることを改めて痛感。前から好きだけど、今の2人はもっと好きだ。夏目さんって箕面出身なんだ、と大阪に来てなければ感じないことを想った。箕面は自然豊かで、とてもいいところなので、いつか住んでみたいとさえ思います。ミスタードーナツの一号店もあります。

2021年10月1日金曜日

この日は半日以上会議なので在宅勤務をして、ZOOMで参加。クリーニングや洋服の丈直しも済ませ、掃除に洗濯もはかどった。お昼は昨日残っていた豚バラで豚キムチを作った。バターとにんにくチューブを加えて炒め、これは美味いに決まっているだろうと思ったけども、そんなこともなく。自分には繊細な調理感覚がないことを思い知る。

きっちり定時で仕事を切り上げ、散歩。SAKEROCKの『慰安旅行』を聴いた。“慰安旅行”ってタイトルは嫉妬するほど秀逸で、これだけで聴いてみようとなるよな。スーパーでノンアルコール飲料とお惣菜を買う。「LIFEのエビマヨはこの世で1番美味い総菜っすよ」と近所に住んでいる後輩が激推ししていたので、食べてみたのだけど、味が濃くてバカみたいで、確かに美味しかった。配信でダウ90000『旅館じゃなんだからさ』を観る。噂通り、めちゃくちゃ良い。天才。東京にいれなくて悔しいと思える劇団だ。台詞廻し、タイトル、シチュエーション、舞台設定、どれも素晴らしいが、何と言っても役者陣のルックスが良い。絶妙に良い。これは10年前にロロを観た時依頼の感覚だ。『旅館じゃなんだからさ』はレンタルビデオ屋が舞台なのだけども、奇しくもひさしぶりにTSUTAYAでDVDを借りてきていて、高畑勲平成狸合戦ぽんぽこ』を観た。古今亭志ん朝のナレーションは何度聞いても最高。

2021年10月2日土曜日

遅くまで映画を観ていたので、少しく遅めの起床。ブランチに近所の喫茶店「リヴォリ」へ行き、週替わりメニュー。今週は「ミートソースとじゃがいものピュレグラタントースト、人参のポタージュ、柿・生ハム・アンディーブのマリネ、生姜ドレッシングサラダ」でした。どれも抜群に美味しい。柿と生ハム、めちゃ合います。食後にプリンも注文。ここのプリンが世界で1番美味しいと思っています。

お腹がいっぱいになったので、腹ごなしに散歩。園芸センターでユーカリを買い直す。銀世界という葉の広い品種にした。香りが良いし、量も多かったので小分けにして、リビング・キッチン・お風呂場・トイレに飾りました。スーパーに寄って、紙パックの珈琲とギンビスのアスパラガスビスケットを買う。アスパラガスビスケットは本当に美味しいし、形状もパッケージも最高で、素敵なお菓子です。ダウンタウンの浜ちゃんが1番好きなお菓子って『POPEYE』にも書いてありました。

帰宅して、『本日はダイアンなり』を観る。大阪で土曜日に放送しているダイアンの情報ロケ番組なのだけど、15分のうち広告映像がほとんどで実質5分くらいしかダイアンは映らないの謎構成。しかし8年も続いているらしい。『お耳に合いましたら』の最終回、切なくて可笑しくて、最高。松本監督は人物を魅力的に映し出す才能に秀でている。レンタルした『もののけ姫』を観て、Paraviで『キングオブコント2020』を復習。改めて、審査コメントが設楽さん以外聞きどころがない。ジャルジャルが優勝したなんて誰の記憶にも残っていないのでは。ジャルジャル好きですけど。

夕方にもう一度散歩。大阪中央公会堂~中之島公園のバラ園を練り歩く。ここらへんの都市としての風景の素晴らしさを、大阪をもっとアピールしていくべきだと思う。“浪速”ではなく、モダンでスタイリッシュ、メロウな大阪で、いつだってウットリしてしまう。ドミノピザを持ち帰り(半額、最高)、テレビで『キングオブコント』を観る。キングオブコントM-1の日はテレビの前で寿司がピザを食べる。これはもう決まりごとだ。いつもはピザーラ派なのですが、『お耳に合いましたら』9話に影響されて、ドミノピザわ持ち帰ってみた。ニューヨーカーピザというやつにしたら直径40センチもあるでっかくて薄いピザで、箱の大きさに笑みが溢れた。

さて、肝心の『キングオブコント 』だけども、空気階段の優勝を願うあまり観ながら緊張しながらも、全組があまりにも最高でずっとニコニコしていた。披露されたコントの秀逸さ、審査員の真摯なコメント、会場の雰囲気、日比麻音子アナのリアクションのキュートさ、どれをとっても歴代最高の大会という評価に完全同意だ。空気階段が優勝する世界でよかった。あと、ジャルジャル後藤のゆったりとした茶色のスーツ、かわいい。顔もかわいい。こんなに最高だったんだから、時間に余裕があったら、なにかテキストを残したいけども、すでに書き尽くされていそうだ。優勝の余韻のままDVDで『anna』を観て、Paraviで反省会までチェック。ニッポンの社長のケツが本当は右利きなのに、コント中では左打ちであんなにも素晴らしいスイングを披露していたという事実に驚き。エゴサーチしたら、「ニッポン社長 森友哉」って出てきたというのも笑いました。

2021年10月3日日曜日

天気が良かったので、自転車で出かけた。まだまだ30℃近く暑いが、日陰にはたしかに秋の訪れを感じる。天神筋六丁目にある大阪市が運営している「大阪くらしの今昔館」へ。桂米團治の「なにわ町家歳時記」や「モダン大阪パノラマ遊覧」、企画展「商都慕情Ⅱ-水のまち大阪を巡る-」などを楽しむ。明治45年から大正12年まで通天閣周りにルナパークという非常にモダンな遊園地があり、通天閣からロープウェイが引かれていたそうな。まったく知らなかったが、展示で見受ける印象はなんだか夢のような場所であった。お昼は天神橋筋商店街で親子丼を食べる。自転車で淀川を超えて、新大阪へ。マンションの9階にある「天然温泉 ひなたの湯」に入ってきた。マンションの住人は無料らしく、だからなのかわからないが、とにかく混んでいて、サウナは並ばないと入れず。水風呂もきっちり冷えていて、寝転べば一面が空!という外気浴スペースも秀逸。空いていれば最高の施設のはずだが、土日は厳しそうだ。

サッパリしたので、来た道を帰る。長柄橋から見える夕日が美しかった。時折、走る阪急神戸線も叙景を添える。天神筋六丁目の「阪急OASIS」に寄ってみると、ついに発見マイクロマジックポテト。天然のマイクロマジックとの対面に、えらく感動してしてしまった。この「阪急OASIS」は実に品揃えが良く、たとえば日本ルナのバニラヨーグルトなんて5種類くらい並んでいる。バニラヨーグルトに味のバリエーションあるなんて知らなかった。『マツコ&有吉 かりそめ天国』にて復刻したフジパンの「スペースアポロ」もきっちり並んでいるどころか、新味のイチゴクリームまでしっかり展開。思わずマイクロマジックとともに購入してしまった。スペースアポロは必ず牛乳と一緒に食べたいですね。日をたくさん浴びたせいか疲れてしまった。録画してあった『金スマ』の太田プロSPを観て、早めに寝た。