青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

西谷弘『真夏の方程式』


東野圭吾原作の人気小説の映像化。2度に渡るドラマ化の大ヒットに続いて、映画も二作目が登場。同じく西谷弘が監督を務めた1作目『容疑者Xの献身』も良作でありましたが、それを遥かに凌ぐ傑作です。昨年の『任侠ヘルパー

任侠ヘルパー スタンダード・エディション【DVD】

任侠ヘルパー スタンダード・エディション【DVD】

に続いて、テレビ局資本で傑作をモノにしている西谷弘を、もはや誰も無視できまい。


音響がいい。サラウンドな音響や福山雅治の低音を見事にいかした録音には惚れ惚れ。そして、画面のレベルがとてつもなく高い。開始5分ほどで瞳が喜びの声をあげた。黒沢清の新作の数倍の感動をもらった。カメラがこれまでタッグを組んできた山本英夫から、その師匠的存在である北野武作品でお馴染の柳島克己にタッチ。タイトルバッグからして痺れるかっこよさ。あの『アウトレイジ』『アウトレイジビヨンド』のように。余談だが今作に『アウトレイジビヨンド』から塩見三省田中哲司、そして白竜(はっきり言って泣ける)も出演しているのもうれしい。また、これでもかと挿入される電車、車、船。今、日本で乗り物を撮らせて柳島克己の右に出るものがいるだろうか。運動するその容れ物にはエモーションが宿る。そして、そのカメラの奥行きと陰影の充実。間違いなく現時点での今年度No.1だ。そのカメラに映える、ほぼスッピンのような薄顔と長身痩躯を持ち合わせた杏がこの上なくいい。

対照的にまるで塗り絵のように濃くメイクを施された吉高由里子は、気の毒なほどに画面に愛されていない。西谷弘のお眼鏡に敵わなかったのだろうか、出番自体もお情け程度なのだ。この件以外にも、西谷弘は意図的にドラマ版との繋がりを出来る限り排除しようとしている。湯川博士福山雅治)が事件に興味を持ち出した際に放たれる「実におもしろい」「さっぱりわからん」、解決への糸口を掴んだ際の「VS, 〜知覚と快楽の螺旋〜 」のBGM、数式を書き出す、などのドラマ版を観た事がなくても、認識しているであろうお約束の演出の数々を徹底的に無視しているのだ。主題歌すら流さない。あくまで今作を独立した単体の映画作品である事を主張しているようだ。


そう、今作はまさに紛れもなく映画なのだ。「閉じ込める」「放出する」この2つの運動を軸に作品は展開する。「閉じ込める」運動は、冒頭の湯川が少年の携帯電話をアルミホイルで包んでしまう所から始まり、ダンボールで蓋をする事で作り上げられるガス中毒を引き起こす密室、そして家族それぞれが「秘密」を抱え込んでしまう、などのシークエンスが託されている。そして「放出する」運動は、花火、ペットボトルミサイルのシークエンスとして、実に開放的に、甘やかに演出されている。この「放出された」ペットボトルミサイルの中には、携帯電話が「閉じ込められており」、海へ飛び込んだ携帯電話はカメラレンズでもって、カナヅチの少年に、美しい海の底の映像を届けるのだ。カメラでもって、本来見えないものを、見せてしまう。更に、屋外で映像がはっきり見えるように、と福山雅治は少年に衣服を頭からかぶせ、暗闇をこさえてやるのだ。このシークエンスに「本作は映画だ!」というとてつもない主張が込められているようで、思わず涙ぐんでしまった。これだけに飽き足らず、今作は、何枚かの「写真」が物語を転がし、「見ること」「見られること」というモチーフも飲み込み、「見えないものを、見せてしまう」という映画の美しさと残酷さの両面を描き切っている。「赤い傘」の落下と浮遊を青い海で包み込み、再生を描くというのも実に映画的。大筋の物語自体は、まぁ、ベタついた感傷の東野圭吾節なのだけども、この画面で魅せられては、正直ホロリときてしまう。改めてもう一度、傑作。必見です。