青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

砂田麻美『夢と狂気の王国』


まずもって、スタジオジブリ宮崎駿のアトリエのあの有機的な空間の魅力を存分に撮っている。秀逸なのは画面には姿を映さないにも関わらず、他者の説話によって圧倒的な存在感を示す高畑勲だろう。ラスト、彼がついにカメラの前に姿を現し高畑、宮崎、鈴木というジブリ三大賢者が揃い踏むショットの、あの何とも言えない高揚感。更に過去のスタジオジブリの秘蔵映像の数々(異様な童貞感を漂わすヤング駿、花見で余興で歌を披露する駿!)、イケメン過ぎる西村プロデューサー、スタッフの語る宮崎駿、『風立ちぬ』と庵野秀明、ナレーションも務める監督の声の可愛さ、そして誰もが本作の主人公と称したくなる欲望を抑えねばならぬスタジオに住み付く猫「ウシコ」(ドキュメンタリーにありがちな手法だが、映画は猫である彼女の視点から撮られているのではでは)など、様々なトピックで楽しませてくれる。


しかし、私が最も興味を抱いたのは、「宮崎駿引退」というファクターも相まって(高畑勲も『かぐや姫の物語』が最後の作品と明言している)、夢のような映像を作り上げるスタジオを自然光で温かく捉えたこの映画に、じんわりと死臭が漂っている点だ。「全ては終わっていくのだ」という感覚が貫かれている。そして、カメラはジブリの次世代のプロデューサーと監督である川上量生宮崎吾朗の、子供のような小競り合いを捉える。ジブリは今後ダメになるのは目に見えている、と明言する宮崎駿スタジオジブリは沈みかけた巨大船だ。奇しくもスタジオジブリの「エンディングノート」のような様相を見せるこの『夢と狂気の王国』、この時期にカメラを回す事を許された砂田麻美はツキというものを持っている監督なのだろう。引退会見直前の宮崎駿が、彼女を手招き、窓から見える風景を自分はどう観るか語る。宮崎駿は建物を、空を、縦横無人に駆けていく。その運動が彼のフィルモグラフィーの名シーンと重なり合っていく。こんな奇跡のようなシークエンスの編集を許されたのも、また砂田麻美なのだ。映画のラスト、黒いサングラスをかけた宮崎駿がスタジオを出て、スッと奥に伸びた路地を歩いていくそのショットに、巨大船を降り、人生の精算に向かう男のイメージが重ねられ、思わず鳥肌が立ってしまうのでありました。