青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

福澤克雄『VIVANT』


TBSドラマ『VIVANT』がおおいに盛り上がっている。個人的には心の1本になるような作品ではないけども、“テレビドラマ”というジャンルを愛好するものとしてはテレビが巻き起こす、この熱狂がとてもうれしい。実際のところ、おもしろいのだ。ツッコミどころ満載ながらも、莫大な予算感の壮大なスケールで黙らされてしまう。このおもしろさと支持のされ方の秘訣は、『VIVANT』に息づく “浦沢直樹”感ではないだろうか。『MASTERキートン』『MONSTER』『20世紀少年』・・・モチーフやルック、謎が謎を呼び伏線を回収していく筋運びなどがどこか似ていて、この国のエンターテインメントの中道とでも言うべき浦沢直樹作品との相似が、『VIVANT』の圧倒的な大衆性を支えているように思う。*1


登場人物たちが常にマージナルな立ち位置を貫いているのもおもしろい。乃木(堺雅人)は、野崎(阿部寛)は、ノーゴン・ベキ(役所広司)は、別班は、公安は、テントは、「いいものなのか/わるいものなのか」をあえて混濁させるような筋運びでもって、観る者を混乱させながら観る者を引き付けるという筆致は、なかなかにタフ。また、乃木と野崎の、本心を語り合わない中で敵対しつつも、同時に信頼し合っているという関係性の描き方が大変エッチで素晴らしい。明智探偵と怪盗二十面相、アンパンマンバイキンマン、ルパンと銭形警部、半沢直樹と大和田常務・・・対立しながらも、実のところ互いの存在に依存し合っているような関係性。それを決して面と向かって口にしないというセクシーさ。多くの孤児が登場する中で、野崎というキャラクターのすべての者の父であらんとするような圧倒的な“父性”。その構造は、“大きなもの”に寄りかかれなくなり、病んでいるこの国の比喩のようでもある。

前述したように張り巡らされた伏線とその回収が話題になっており、様々な考察が巻き起こっている。公式の意図するところであるようだし、そういった楽しみ方を否定するつもりはないが、考察に取り込まれる以前に、このドラマの細部は実に生き生きと楽しい。たとえば、野崎が『ハリー・ポッター』シリーズを“超好き”で、ジャミーンのお見舞いにDVD全8巻セットを持ってくるところ。もしくは、乃木と薫が一夜を過ごした翌朝、乃木が高級ホテルのような目玉焼きの作り方を教える美しいシーン。これらを、『ハリー・ポッター』の登場人物スネイプの二重裏切りが示唆されているとか、目玉焼きの黄色が裏切り者(ユダ)を象徴する色だ、などと考察するよりも前に、このシーンの一見無駄に思える”豊かさ”を享受したい。他にも、ドラム(富栄ドラム)というキャラクター造形のあいくるしさ、乃木がお赤飯を偏愛していたり、野崎がお好み焼きを作るのが上手だったり、東条(濱田岳)がウルトラマンシリーズのファンであったり、いくらでも考察のしようがありそうだけどもそれはさておき、ここで描かれているのは、人間の「愛おしき個性」なのだ。話の大筋からは逸れた、AIには書けないであろう固有性の書き込みだ。キャラクターの個性をいかに活き活きと細部に盛り込むかが、テレビドラマの肝であり、それは人間の“命の煌めき”の強度を描くことと同義である。今作の原作と総合演出を手掛ける福澤克雄はそれができるクリエイターであると思う。

福澤克雄*2のキャリアが語られる際、福沢諭吉の玄孫*3だとか、『半沢直樹』『陸王』『下町ロケット』『ドラゴン桜』などの日曜劇場の大ヒット作を手掛けた点がフィーチャーされるのは当然だが、中居正広の『白い影』『砂の器』、木村拓哉の『GOOD LUCK!!』『華麗なる一族』『MR.BRAIN』といったSMAPトップ2のTBSドラマを大ヒットに導いた人物でもあることも忘れてはならないし、なによりも、『3年B組金八先生』の第4~7シリーズンという傑作青春群像劇を演出した監督であるということだ。それはつまり、レジェンド演出家である生野慈朗の後継者ということであり、そのドライブ感溢れる劇的でセンチメンタルな演出は、まさに弟子筋。福澤版の金八は校内暴力や覚せい剤といった過激なトピックばかりが取り沙汰されるが、若者たちの「本当のわたしは“ここ”にいるんです」という多様な叫びを坂本金八が拾い上げていくドラマであった。であるからこそ、数十名の生徒の個性の描き分けに心血が注がれていて、それが優れた群像劇に結実していた。そういう作家であるからこそ、『VIVANT』 の細部は、伏線であるその前に、シーンとして美しく充実しているのではないだろうか。

*1:ブックマークのコメントにあった『スター・ウォーズ』という指摘もなるほどである。砂漠で始まる物語で、乃木がルークなら、野崎がハン・ソロで、薫がレイア、ドラムがチューバッカでありR2-D2でありC-3POだ。

*2:彼の通称である”ジャイ”というのは体格の良さがジャイアンに似ているからと武田鉄矢が名付けたものらしい。『3年B組金八先生』出演陣との結びつきは強く、『半沢直樹』などにも多くの金八ファミリーを起用している。であるから、福澤克雄のキャリア集大成と言える『VIVANT』のボスキャラは武田鉄矢ではないかと期待していたのですが、今のところ出演の気配はない。別班のボスとかでどうですか。

*3:すごすぎておもしろい