
竹内涼真、完璧っ。人間の情けなさ、かわいさを余すことなく表出している。作った出汁を容器に入れて、ちゃんとラベル貼っているところとかもかわいい。アイビースタイルで清潔感があるのに、なんかダサい私服も愛おしい。大きくて真っ黒な虚無の目をした夏帆もいい。彼女が体現する揺れ動く人間の脆さと強さ。『じゃあ、あんたが作ってみろよ』というドラマの素晴らしさは、竹内涼真や夏帆のみならず、役者陣の好演によるところが大きいのはもちろんとして、この異様なまでに心を掴んでくる作劇の良さ、そのドラマメイクの運動性について書きたいと思う。
5話
とり天の回。肌着にエプロンをした勝男、ピンク色の髪をした鮎美が台所に立っている。ありえたかもしれない現在が立ち上げる料理シーンが涙腺を刺激するわけだけども、今話を象徴する台詞は、
俺のとり天が空を飛んでいる
であろう。今はお肉としてとり天になってしまったけども、かつては空を飛んでいた鳥を再び空に戻してあげる。この“解放”の運動が、今作のキーとなっている。オフィスで勝男が南川とプレゼンする新製品のトイレ、その蓋の“開閉”。リモコンで操作できる蓋の誤作動で、勝男がその便器に挟まってしまうというコメディがそれなりの尺で展開されるのだけども、この何気ないシーンもまた、5話の“解放”というフィーリングに加担している。これが何からの解放かというと、古い価値観に囚われた父親(菅原大吉)からの呪詛である。「耐えろっ!」「人前で弱みを見せるでねぇ」「男やろがっつ!」・・・こういった言葉を投げつけられてきた勝男は、鮎美によれば、
涙と弱音は鉄縄でグルグル巻きにして金庫に入れて鍵ごと海に沈めるタイプ
なのである。つまり、解放というのは、この金庫の鍵を“開ける”ことである。勝男の兄である鷹広(塚本高史)もまた父親に同じように育てられてきたわけで、人前で弱みを見せようとしない。空港のロビーで涙を流しながら、語りかけてくる勝男に、「こんなところで泣くなちゃ」と制止する(そんなことよりも、肌着で空港にやってきたことを咎めて欲しいわけだけども。でも、勝男のそんなことこが好き)。
いやー、俺は泣く!俺は泣くからね!
だって俺は兄さんが心配なんだっ、だから一人で悩まれてるのは寂しい
兄さんが苦しんでいるのは、俺は悲しい・・・
感じたこと・・・自分が感じたこととかを心に閉じ込めないで欲しい
感じたことを心に閉じ込めない。とり天作りの際の「痛い!辛い!怖いっ!」という叫びを思い出すまでもなく、勝男はそれができるようになっている。鮎美もまた、渚(サーヤ)から「言葉にしないと伝わなによ」と諭され、念力使いのエスパーを諦め、「元カノに会うのはやめて欲しい」というミナト(青木柚)への想いを閉じ込めずに言葉に出すことに成功する。これらの“解放”を、とり天を作り、空に飛ばすことで描く。こういった作劇の構造が、竹内涼真の迫真の号泣を下支えしており、観る者の胸を撃つのではないだろうか。
6話
小籠包の回である。小籠包は、鳥ガラなどを煮込んだ出汁にゼラチンを加えて固めて冷やし、その煮凝りを皮で包み、蒸して温めることで出来上がる。この煮凝りというのはまるで、勝男の鮎美に対する“想い”のようだ。固めて冷やして閉じこめても、結局は皮を破って熱々となって飛び出してくる。その小籠包を、ホームパーティーではあまり食べてもらなえかった勝男の小籠包を、鮎美が食べてくれる。面倒くさい“こだわり”ごと。
うれしい、いやーうれしいなぁ
鮎美に俺の料理を食べて欲しくて
料理を始めたからね
この“小籠包を食べる“という事象は、勝男の想いを鮎美に食べてもらうことと同義であり、それゆえにひどく心を揺さぶられるのである。ホームパーティーに居場所を見つけられなかった勝男。鮎美もまた、婚活パーティーに馴染めず会場を飛び出してきた。残された食べ物をもったいないと思うこと、静かで穏やかな図書館を落ち着くこと。感性が共鳴している。運命の人と、運命的に出会い直す。はじめて会った時のように、”落下“のアクション(落とした消しゴム、本を拾ってあげる)によって。よく見れば、2人の衣装はコーデュロイの上着にチェックのシャツという形でもって共鳴しているではないか。ここには、勝男がハマりだしたSNSでのシェアという共鳴を超える、強い結びつきがある。それはミナトによれば、オスがメスに嚙みついてそのまま身体が融合してメスに一部になってしまうチョウチンアンコウのようなものであるのだろう。ミナトは、結婚などによる強い結びつきは、一体化して、個々じゃなくなることとして恐れている。しかし、南川(杏花)はチョウチンアンコウとしての2人の在り方を、こう解釈する。
一体化するって、もう一人で頑張らなくていいってことかもしれないですよ
人間はどこまでいっても孤独だ。しかし、結びつき、混ざり合う*1ことで、“孤独なわたし”から、“孤独なわたしたち“となり、一緒に進むんでいくことはできるのかもしれない。
*1:鮎美の髪色がピンクであろうと茶色であろうと常に根本が黒いままであるのは、この“混ざり合う”感覚がドラマのテーマだからだ