青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

九井諒子『ダンジョン飯』1巻

"天才"の冠を捧げる事に何のためらいもない九井諒子の初の長編はその期待と評判を裏切らない作品だ。作画、コマ割り、キャラクター造形、台詞(ギャグのリズム)、小ネタ、どれをとっても上手過ぎる。何と言っても最大の魅力は、これまでの短編集でもいかんなく発揮されていた"本当ではないこと"の細部を徹底的に詰める事で、嘘の中にリアリティを灯す手法。凡庸な引用をしてしまって申し訳ないが、ラーメンズが『ATOM』という公演の「アトムより」で使っていた台詞で

日常の中の非日常ではなく、非日常の中の日常を描く。一見すると異常な世界観だけど、その世界の住人達にとってはいつもの出来事って感じがするのす。それが心地いいのすのすー。

というのがあって、今作ひいては九井諒子という作家の持ち味は、まさにこの台詞が当てはまる。タイトルからもうかがえる通り、今作はRPGゲームの世界におけるモンスターを食材としたグルメを描いた作品だ。グルメ漫画の体裁を踏襲し、細かい情報や豆知識をふんだんに折り込んでいるのだけど、当然ながらその全ては架空のできごと。実用性はゼロだ。「そんなグルメ漫画、何の意味が・・・」と思うなかれ。実用性という"結果"から解放されたそのディテールの数々は、驚くほどに豊かでみずみずしい。細部が躍動する、というのはこういう作品に付するにふさわしいのでしょう。でも、やっぱり1番凄いのは、その売れ行きからも証左ですが「誰が読んでも面白い」であろう大衆性を、作家性をなんら削る事なく獲得している事でしょう。