青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

西野七瀬『風を着替えて』

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乃木坂46西野七瀬は素晴らしい。奇跡的なパーツのバランスで成り立ったお顔や均整のとれたプロポーションももちろん素敵なのだが、何より声がいい。言葉数は少なく、声はとても小さいのだけども、なんとも切ない響きをしている。あの声には、ノイジ―な日々の暮らしにおいて、零れ落ちてしまう様々な感情をこっそりと託してしまいたくなる。そんな彼女の2ndソロ写真集『風を着替えて』もまた実に素晴らしいのだ。『普段着』というタイトルに反してそこはかとないアンモラルさが浸っていた1st写真集(撮影は藤代冥砂!)に比べると、実に健康的で瑞々しい。まるで憑き物が落ちたかのような幸福な笑顔。あのか細い声の不安気な女の子は、異国の地マルタでの束の間のバカンスを心から楽しんでいる。そんなショットの数々を眺めていると、世界というのは本当はとてつもなく素晴らしい場所なんじゃないだろうか、と思えてきます。カメラマンに川島小鳥、装丁に祖父江慎というクリエイティビティに満ちた人選も文句なしにはまっている。フィルムによる撮影の少しザラついた質感の写真は、バカンスの持つ有限性を際立たせ、見る者を少しセンチメンタルな気持ちにさせる。遠くの地に旅に出ることを、”風を着替える”と表現してしまうリリカルさもナイスだ。そう、この写真集のモチーフは”旅”である。



1ページ目には、空港でしゃがみこむ西野七瀬。こんなものを見たならば、

「元気でいて」とギュッと抱きしめて 空港へ先を急ぐのさ

というフレーズが舞い降りてきてしまうではないか。川島小鳥が2014年の木村伊兵衛写真賞を受賞した『明星』という”雨のよく降る”台南という街の若者達をカメラに収めた作品は、どう考えても小沢健二の「天気読み」なのだ、と信じてやまない私は、今作にもやはり小沢健二を探してしまう。写真集の終盤に、パジャマ姿で歯を磨く西野七瀬のカットが挿入されていて、「あぁ」とひとりごちる。なんだやっぱりこの『風を着替えて』が切り取ってているのは、”ぼくらが旅に出る理由”というやつではないか。

遠くから届く宇宙の光 街中でつづいてく暮らし
ぼくらの住むこの世界では旅に出る理由があり
誰もみな手をふってはしばし別れる


小沢健二「ぼくらが旅に出る理由」

異国の地の眩い太陽と人々の営み。そして、儚いアイドルの、だからこそ弾けんばかりの笑顔と肢体。そんなものが詰まったこの写真集から、”ぼくらが旅に出る理由”を受け取ってしまうのでした。

西野七瀬写真集 風を着替えて

西野七瀬写真集 風を着替えて




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スティーブン・スピルバーグ『BFG: ビッグ・フレンドリー・ジャイアント』

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ダファー兄弟(『ストレンジャー・シングス』)やジョン・ワッツ(『COP CAR コップ・カー』)といった新鋭らから熱いオマージュ&リスペクトを注がれているアンブリン・エンターテイメントのスピルバーグが、その矢印を一身に引き受けるかのようなウォーミーでレトロクラシックな手触りのジュブナイルを献上した。音楽のジョン・ウィリアムズは当然として、脚本には『E.T.』のメリッサ・マシスン*1を起用されており、なんというか「本家登場!」の感が強いではありませんか。


『マチルダは小さな大天才』『チョコレート工場の秘密』『父さんギツネバンザイ』などティム・バートンウェス・アンダーソンによる映画化でもお馴染の傑作児童文学作家ロアルド・ダ―ルの『オ・ヤサシ巨人 BFG』が原作。ダ―ルと言えば、ここ日本では宮崎駿が強い愛を表明している事で著名でありまして、この『BFG: ビッグ・フレンドリー・ジャイアント』には、ダ―ルを通してスピルバーグ宮崎駿が混ざり合うような質感が漂っている。”大きなもの”と少女、という構図からしてもう宮崎駿を想起せずにはいられないのだが、巨人BFGがロンドンの街から巨人の国まで疾走する際の風をまとうかのような痛快なアクション、”共に”食事をする事へのこだわり(悪い巨人討伐前にのんびりと朝食を食べるシーンはその意味で最高だ)など、今作におけるジブリ性は枚挙に暇がない。グチョヌチョの粘液まみれの”おばけきゅうり”に10歳かそこからのヒロインソフィーをブチ込み、すっかり汚れてしまった彼女を滝の水で洗い、火で乾かす、というその一連の動作をたっぷりとした尺で撮ってしまうフェティッシュさは、宮崎駿からの(間違えた)影響にすら思える。とりわけ感動的なのは、ソフィーと赤いジャケットを巡る演出ではないだろうか。何やら曰くがあるらしいその服の色に少し悲しそうな顔をしたBFGを見て、ソフィーは何も言わずにその赤いジャケットを裏返して着て、そしてそれをとても大切に扱う(慈しむように折り畳む)。この言葉を介さない温かなコミュニケーションこそが、何よりも宮崎駿的であるし(例えば、『崖の上のポニョ』でリサが作る袋ラーメンにハムと卵が乗っていた時のような)、スピルバーグ的だ。


2016年において我々は既に『ブリッジ・オブ・スパイ』というスピルバーグの傑作を目にしているわけで、*2物語としては”子どもだまし”とまでは言わないが、いささか物足りなさを覚えるのも事実だろう。しかし、それでもこの映画があまりに我々の涙腺を刺激するのは何故か。BFGは心の内なる声を聞き、哀しい人々(それはソフィーのように親のいない子ども達かもしれない)に、夜な夜な素敵な”夢”を配達する。”夢”は森に集まる輝く”光”を集め、それらを自由に配合する事で作り上げられる。そうしてできた夢は夜の暗がりに映し出されるわけだが、これはもう”映画”そのものではないか!ラスト、ソフィーによって言及される、どこまでも見渡せる”窓枠”というのも、やはりそれはスクリーンのメタファーのように思える。この何気ないジュブナイルである『BFG: ビッグ・フレンドリー・ジャイアント』には、スピルバーグが映画を作り続ける理由のようなものが刻まれており、その志のようなものに触れ、私達は涙を流すわけである。



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*1:ハリソン・フォードの元妻。残念ながら2015年に死去

*2:ちなみにBFGを演じるのは『ブリッジ・オブ・スパイ』で各賞を総なめにしたマーク・ライランス

最近のこと(2016/09/20~)

最近のこと。最高気温22℃くらいの肌寒い日があって、もうカーディガンやらパーカーやらを纏った。でもまた暑くなるらしい。体調崩しちゃうぜ。火曜日。連休明けだが、2日働いたら、また休み(秋分の日)である。飛石連休は生活のリズムをつかみ損ねる。ちなみにサンミュージックのお笑いコンビ飛石連休はまだ解散はしていないらしい。大好きなゲントウキが10年ぶりにニューアルバム『誕生日』をリリース!

誕生日

誕生日

めでたい。大切に聞いていこう。「満たされて心は」がもう12年前か。
youtu.be
当時よく店内の有線で流れていましたよね。中村佑介と言えば、アジカンよりゲントウキなんだよなぁ。本屋で購入した『うちのクラスの女子がヤバイ』2巻も素晴らしかった。
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フジテレビの『オワライタ―』という番組が素晴らしかった。かもめんたる岩崎、NON STYLE石田、パンクブーブー佐藤、ナイツ塙の4人が、各芸人にネタを書き下ろすという企画。テレビに出る芸人のひな壇史上主義に一矢を報いるような。



水曜日。学生時代の友人らとインド料理屋で食事をした。ビリヤニを気にいってもらえてよかった。カレーにビリヤニ、インドビールやらラッシーやらチャイやらが並ぶテーブルは美しい。全てが美味しくて気分がよかったので、豊島園遊園地までみんなで意味もなく歩いて、入口が当然閉まっているのを見届けて帰る。「豊島園駅」というのが練馬にはありまして、池袋駅新宿駅には1本、更に遊園地と映画館と温泉が駅から1分、と大変オススメの土地となっております。駅を降りると「庭の湯」のお風呂のいい香りは漂うのがたまらないですよ。帰宅してNetflixオリジナルドラマの『火花』1話を観る。原作はあまりピンとこなかったんですが、これは素晴らしい。映像の感度、脚本のオフビート感、文句なし。ただ難しいのは、スパークスブラマヨの出来そこないみたいな漫才が、”面白いけども世間から評価されない漫才”なのか、”面白くないから当然世間から評価されない漫才”なのか、よくわからない所でしょうか。



木曜日。祝日なのでたくさん寝た。天気はやっぱりあまり良くなくて、気分がすっかり滅入る。かれこれ1週間くらい陽の光を浴びてないんじゃないだろうか。家でのんびり過ごすことに。録画してあった『ミュージックステーション』のスペシャルを早送りしながら観たのだけど、リアルタイムじゃないからか、あまり楽しめなかった。「日本に影響を与えた曲ベスト100」とかいうざっくりした括りのランキングは、リアルタイムだろうが何だろうが微妙だったと思う。乃木坂46はまさかの「ぐるぐるカーテン」でうれし。生駒ちゃんが舞台で不在なので、斎藤飛鳥さんがセンター。aikoが元気(ツアーのテンションを引きずっているようだ)。矢野顕子の化粧がパワフル。全然「春咲小紅」じゃない。尾崎豊の息子が出ていた。以前観た番組で、「自分はこれまでの人生、ずっと幸せだなと思って生きてきた」と彼は語っていて、そんな人が「I Love You」歌ってもなぁ、という感じです。尾崎豊の音楽って、最近ではネタ使いされる事も少なくなってきましたが、今の10代もやはり聞くのでしょうか。絶対に聞いたほうがいい。「行儀よく真面目なんてクソくらえと思った」といったような彼のメンタリティに一切共感できなくても、響いてくるものが確かにあるんだよな。夕方、洗濯機を回し、大きな籠を抱えてコインランドリーの乾燥機へ放り込む。待っている間に、隣のラーメン屋で塩バターラーメンを食べた。食べ終わったら、洗濯物を回収。乾燥機を使うと、フワフワになるのでうれしい。夜は近所のシネコンロン・ハワードザ・ビートルズ ~Eight Days A Week』を観る。
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むちゃ泣く。もう絶対に”今”観たほうがいいですよ! ウーピー・ゴールドバーグのね、インタビューがよいんですよ。



金曜日。仕事が終わって、ココイチで「豚しゃぶカレー」を食べる。めっきりココイチで揚物をチョイスしなくなって、加齢を感じるようになった。これはもちろん、カレーと加齢がかかっている超ハイセンスジョークです。「豚しゃぶカレー」はさ、玉葱たっぷりでいいんだよねぇ。ココイチって別に美味くないんだけども、後150円くらい単価下げてくれたら、ほんと最高の存在になってくれる。近所のシネコンで『怒り』を観た。
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指名手配写真によく似た3人の男(綾野剛松山ケンイチ森山未来)の内、誰が真犯人でしょーか、という話なのだけども、途中から「まさか、実は柄本祐が犯人なのでは」という妄想に取りつかれて、その登場を今か今かと待ち望んでしましました。宮崎あおいが30分8500円くらいの歌舞伎町風俗嬢役(店内のプロフィール写真にはB:81と表記されていた事をご報告します)で、そう考えるとZAZEN BOYSの歌に「30分25000円の過ちが」という歌詞がありますので、向井秀徳は凄い高級店で遊んでいるのだな、と感慨深いものがありました。しかし、射精しといて、過ちって言い方はよくないな。綾野剛がかわいすぎた。『最高の離婚』(2013)の時は”お荷物”くらいに感じていたけども、わずか数年で本当に凄い役者に進化したものだ。2016年は『リップヴァンウィンクルの花嫁』『日本で一番悪い奴ら』『怒り』と、全て大金星をあげています。高畑充希がわずかな出演時間に、実にくどい演技で存在感を残していて笑いました。ときにピエール瀧って本当にそんなに多用するほど貴重な俳優だろうか。板尾創路といい、木村祐一といい。


キム兄で思い出したんですけど、辺見えみりの顔が無性に好きだった時期が私にはあった。小学生の頃、『マジカル頭脳パワー』に出ている辺見えみりを初めて観て、「こんなに綺麗な人いるかよ!」と思ったのですが、その10年後くらいに、舞城王太郎の『阿修羅ガール

阿修羅ガール (新潮文庫)

阿修羅ガール (新潮文庫)

を読んでいたら、「辺見えみりは実際に会ったら化粧とか超綺麗」みたいな記述が出てきて、再び何だか急にすっごい気になりだしてしまったのだ。そもそも純文学と思って読んでいたら、辺見えみりが出てきてビックリしたんですけども。『阿修羅ガール』ってどんな話だったっけか。辺見えみりと一緒に石原慎太郎を倒すんでしたっけ。忘れちゃったなー。読み直してみようかしら。『マジカル頭脳パワー』って辺見えみりもだけど、中山エミリも出てましたよね。クラスが辺見派と中山派で真っ二つに分かれてたりしたっけかなー。してないかな。あぁ、タイムマシンがあればな。後、木村祐一キムカツって関係あるのかないのかも、ずっと気になってたけど、意地でもググるものか。



土曜日。またしても天気悪し。昼頃からどしゃ降り。『笑けずり』シーズン2を3話分まとめて鑑賞した。シーズン1のAマッソやザ・パーフェクトのようなスター候補は見当たらないのだけども、やはりこの番組は面白い。「~っぽい」と感じるコンビが多い。キングオブコメディとかラバーガールとかに影響を受けた若者がもうガンガン現れているんだなー。オダウエダのコントの強烈なセンスはは凄く好みなので、これを機に進化しまくって欲しいのだけども、下手すると賞レース向けに脱臭されてしまう可能性もありそう。なんせ講師陣はテレビで売れているスター達だから。小粒揃いの出演者の中で、唯一のトリオであり知名度も高いハナコはやはり群を抜いてソツがない。坊主の岡部くん、いい奴だし。何もできない菊田はナイツの土屋さんにそっくりなのだけども、何故か華があって、凄く目を引くのだ。『笑けずり』を観終えて、ボーっとしていたら、1キロ先にカイリュー出現とのこと。暇だったので、雨の中、駆けつけるも、死闘の末に逃げられる。悔しい。スーパーで豚肉、葱、白菜を買って帰り、しゃぶしゃぶとしけこんだ。ポン酢うめー。yumbo『これが現実だ』をたくさん聞く。

これが現実だ

これが現実だ

来月ニューアルバム発売である。2枚組らしくて高まる。宇多田ヒカルが出演した『SONGS』を観る。



日曜日。早起きをして横浜みなとみらいへ。途中池袋駅で、知らぬ間にできていた「浅野屋」(軽井沢の老舗のパン屋さん)で餡パンを買い、食べた。美味しいけども、とても高い。さて、何故みなとみらいかと言いますと、パシフィコ横浜で開催されていた乃木坂46の握手会に参加したのであります。私の心のメンターであります桜井玲香さんと、ついぞ対面したわけですが、あまりの緊張で「初めて来ました」としか伝えられなかった。あの素晴らしい声で「わぁ、はじめまして!」と発されたら、すっかり頭が真っ白になってしまった。シュミレーションでは「ハルジオンの個人PVの「アイラブユー」観て、すっかりファンになりました!!」と伝えるつもりだったのに。本当に美しかったわけですが、今年1番緊張して、心臓痛くなったし、どう考えても握手会に向いていない。これは回を重ねれば、慣れるものなのでしょうか。みなとみらいでポケモン捕まえたり、「コスモワールド」で観覧車を眺めたりした。あのあの『いつ恋』にて練くんと音ちゃんと乗れなかった観覧車だ。何やら『いつ恋』のスペシャルやるかもしれない的な噂は本当なのでしょうか。そしたら、あの2人には観覧車に乗って欲しい。でも、本当は『いつ恋』より『最高の離婚』のスペシャルやって欲しいです。後、坂元裕二×長谷川博己も1回くらい観ておきたい。歩き過ぎてクタクタになったので、サウナへ。横浜駅直結の「スカイスパ」へ。ちと値段ははるが、ここは全てが高水準。高層にあるサウナからは横浜の街並と海が一望できます。サウナ、水風呂(16℃)、窓枠で椅子に座って、海と回る風車などを見つめていると、これはもう完全にととのっちゃいますね!1時間ごとにロウリュウorアウフグースあるのもグッド。サウナ入って、飯食って、仮眠して、サウナ入って、と約5時間満喫して、帰路へ。

李相日『怒り』

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この作品が「相手を信じることの困難さ」というのを描きたい、というのは痛いほど伝わってきて、その強烈な”すれ違い”、そして展開される重厚なテーマの数々(沖縄の米軍基地問題セクシャルマイノリティetc・・・)は、それこそ坂元裕二がペンをとるにふさわしいような題材だ。しかし、坂元作品の素晴らしさというのは、社会問題を内包したマクロなわかりあえなさと、何気ない会話の中に潜むミクロなすれ違いを、鮮やかに平行させる事で、テーマを重層的に響かせてしまう手腕にあって、残念ながらこの『怒り』という作品にそういった豊かさは感じられない。であるから、「相手を信じることの困難」の痛切さよりも、「真犯人は誰か」というミステリーに私の関心は強く誘惑されてしまった。とは言え、楽しめなかったかというとそうでもない。



例えば、綾野剛松山ケンイチ森山未来という、全く異なるようでいてどこか似た質感を携える3人の役者が、あたかも同一人物であると観客に誤解されてもかまわない、というような大胆な演出はどうだ。確かに「頬に並ぶ3つのほくろ」という、3人のヴィジュアルの共通点や後半に挿入されるフェイク回想は、ドラマを転がす為とは言え、あまりに強引過ぎるように思えるが、それは「いや、この3人はそもそも1人なのだ」というような李相日の開き直りが感じられる。特に印象的なのはシーンの編集術であろう。3人が散らばる東京、千葉、沖縄のそれぞれのシークエンス、序盤は1つ前のシーンの残響(それは音楽であったり構図であったり衣装であったり様々だ)を受け継ぐように、シームレスに接続しながら切り替わっていく。だが、後半になると、そんな事もおかまいなしに、ガチャンガチャンと乱暴に3つのシークエンスが切り替わり、より混沌としたムードを漂わせる。しかし、それでも観る者は妙な心地よい繫がりを覚える(表層で描かれているのは、あまりに痛切なすれ違いだが)。これは綾野・松山・森山という3人の役者が、誰もが生きる上で切り離す事のできない”せつなさ”のようなものを、見事に体現しているからだろう。その”せつなさ”を無理矢理言葉にするならば、”逃れられなさ”とでも書こうか。どれほど新しい環境に移り、行いを改めようとも、これまで自らが残してきた軌道が、周囲からの判断(評価)を全て覆してしまう。なんというか、こういった”やりきれなさ”みたいなものだ。そんな”やりきれなさ”に直面した時に人が覚えるのは、どこにも向けようのない”怒り”であろう。今作において、泣き叫ぶ妻夫木聡宮崎あおい広瀬すずの演技に大きな評価がくだされるのは自明であるが、静かに”怒り”と”せつなさ”を体現した前述の3人の演技もまた素晴らしいものであった、と書き記しておきたい。褒めてるのか貶しているのかよくわからない歯切れの悪いエントリーになってしまった。好きな映画か?と問われたらば、首を捻らざるを得ないし、李相日×吉田修一フィルモグラフィーにも関心がないのだけども、人気・実力を兼ね備えた俳優陣の重厚なアンサンブルには一目の価値あり!というのだけは確かな事であります。

衿沢世衣子『うちのクラスの女子がヤバイ』2巻

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今しかない無用力をもう少しアピールしようかと思った

コントロールも習得もできないし
ある日 突然消えちゃうってのも悪くないかもね
私たちの無用力

あぁ、なんて完璧な”思春期”のメタファーか。思春期特有の身も心も収まりが悪いゴワゴワとした異物感、それらが”超能力”として放出されるというのは、スティーブ・キングの『キャリー』といった古典からのお決まりの筆致なわけですが、それらが何の役に立たない所か、害にもならないだなんて!よりリアルに僕らの思春期って感じ。例えば、今巻に登場するキャラクターの無用力は、「悪さを企むとお好み焼きのにおいを発する」ですよ。なんて意味がないSFなんだ!しかし、こういった細部を”豊かさ”というのです。クラスが着々と進めている文化祭の出し物がプロレス興行なんだけど、それがドラマとして一切前に出てこない所とか、1巻で活躍したおにぎりのミクニさんがだいたいいつも机に突っ伏して寝てたりとか、ページの隅までもが愛おしい。1巻のエントリーにて今作のそこはかとない髙橋留美子ぽさを指摘しましたが、2巻は冒頭から、かわいいものを見るとモフモフのぬいぐるみに変化してしまう無用力。やっぱりどことなく『らんま1/2』じゃん。



さて「うちのクラスの女子がヤバイ」というタイトルに反して、クラスの男の子達は、女子の突拍子もない無用力に困惑しながらも、その事象をネットに書きこんだりするのでなく、スッと受け入れてサッと手助けする。多分僕らが上手にできなかったであろう、正しき思春期のボーイ&ガールのコミュニケーションがここには描かれている。そして、今巻ラストでは、ヤマモト君の突然の引越に、繋がらない携帯電話。そしてロックソングに込められた点子アンダーソン*1の恋心、と胸震えるようなラブストーリーの断片が。3巻が待ち切れないぜ!



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*1:このネーミングの元ネタはケストナーの『点子ちゃんとアントン』ですね!