練馬区立美術館『サヴィニャック パリにかけたポスターの魔法』
東京都の練馬区立美術館でレイモン・サヴィニャックの大きな展示会が始まった。正直なところ、「いまさらサヴィニャックかぁ」なんてことも思わないでもなかったのだが、これが大いに楽しんでしまった。サヴィニャックの弾けんばかりのポップネスはとびきりに楽しい。そして、そこにまぶされたシニカルとユーモア、物事の本質を大胆かつ繊細に捉えるイメージの跳躍は今なお有効で、観る者の心を掴んで離さないのだ。
練馬区立美術館は西武池袋線の中村橋駅*1から徒歩5分。都心を外れた立地だからか、日本でも人気の高いサヴィニャックにも関わらず、客足はまばらだ。おかげで、じっくりと展示を眺めることができて、実に快適。その上、都心の美術館以上の充実した内容なのである。リトグラフによる美しい発色のポスターは、3メートル以上のビックサイズのものまで!貴重な原画やデッサン画を含む展示は全部で約200点。2011年にギンザ・グラフィック・ギャラリーで開催された『レイモン・サヴィニャック展』が50点とのことなので、今回の展示の規模の大きさがうかがえるだろう。作品の時系列順ではなく、「動物」「嗜好品」「子ども」といったようにテーマごとに区切られた展示形式は、集中力をグッと高めてくれる。練馬区立美術館で4/15(日)まで開催、その後は宇都宮、三重、兵庫、広島を巡回するそうです。
サヴィニャックがポスターとして手掛ける媒体は、石鹸、ソーダ水、チョコレート、自動車、冷蔵庫・・・といった大量生産される商品だ。それらの広告はやはり大量に刷られ、街のいたるところに貼られていく。今回の展示には、サヴィニャックのポスターが貼られたパリの光景を収めた写真もいくつか内包されている。ちょっとしたエスプリを効かせることで、無機質になりかねない景観を鮮やかに彩っている。改めて魅力を感じたのは、サヴィニャックのその都会的なセンスだ。そのアーバンな感性は、資本主義を謳歌する上で発生する”うしろめたさ”のようなものを解放してくれる。
たとえば、このマギーブイヨンのポスターはどうだろう。自らの半身で煮込んだスープの香りを実に満足気に嗅ぐ牛。私たちが飲むスープは牛の死体の上に成り立っているのだという本質をつきつけられつつも、その牛のわざとらしいほどの”誇らしさ”にどこか救われてしまう。まったくをもって人間都合の勝手な解釈なのだけども、そのオプティミズムは都市を生き抜く秘訣なような気がしないでもない。というのは大袈裟かもしれない。やはりサヴィニャックの魅力は底抜けの明るさだ。
果たしてこんなにも楽しいポスターに触れて、ペリエを飲みたくならない人なんているのだろうか!?まったくウキウキしちゃうぜ。
*1:準急や急行は止まらない。余談だが、かつて保坂和志はこの街で暮らしていて、彼のデビュー作『プレーンソング』は中村橋での出来事を綴った小説なのだ。また槇原敬之や山田稔明(GOMES THE HITMAN)も若かりし頃、中村橋で暮らしていたらしい。と言っても、中村橋が文化度の高い街なのかというと、決してそんなことはない。本屋は1軒あるかどうかだし、昔はいくつかあった古本屋もすべて潰れてしまった。しかし、この街には素敵な図書館と美術館があります。2つは合築されていて、その間には動物モチーフの大きなアートが点在する緑地スペースがある