青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

ほりぶん『牛久沼』

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母娘が牛久沼で釣った立派な鰻を、町中の女達が奪い合う。そんな、およそ物語にはなり得なそうなあらすじだけの60分間を駆けめぐる。ほりぶん第4回公演『牛久沼』である。これが嘘みたいにおもしろい。ほりぶんの、と言うより鎌田順也の作る演劇はいつだって”観たことのない”、刺激的なものだ。


鎌田順也はいつも変わった場所を上演場所に選ぶ。ナカゴーやほりぶんを観なければ、行かない場所や街がたくさんある気がする。今作の上演場所に選ばれたのは、ほりぶんのホームと言える王子駅から徒歩3分、北区の誇る区民ホール「北とぴあ」の14階、カナリアホールだ。同日、「北とぴあ」の1階にあるさくらホールでは、倍賞千恵子がコンサートをしていた。確かに”さくら”と言えば倍賞千恵子だ。エレベーターで同乗したおじいさんに「チエコちゃんを観に来ましたっ」と小さな声で告げられた。すでにちょっとおもしろいではないか。これが、ナカゴー・ほりぶんを"観る”という体験である。カナリアホールは何故か天井に立派なシャンデリアが掲げれれている。普段は社交ダンスなどに使われるスペースなのだろうか。


青、赤、黄、緑・・・色とりどりのワンピースを纏った幾人もの女優たちが横長の舞台を行き来する。その動線は、さながら歌舞伎の花道。役者たちも、なんちゃってな”見得”を切りながら登場してくる。黒子もいる。もしかして、これが今、何かと話題の「ワンピース歌舞伎」なのか・・・。1匹の鰻を巡り、円を囲うようにして取っ組み合っては、(鈍い暴力で)四方に散っていく、色彩豊かなワンピースのその運動性が目に楽しい。また中盤のプレイバックの演出が圧巻だ。女優たちが「キュルキュル」*1と声に出しながら、それまでにこなしてきた動きを逆再生して、舞台上の時間を巻き戻していく人力プレイバック。圧倒的なくだらなさにグッときてしまう。時間を巻き戻す能力を持っているのは、町の誰からも相手にされない自家製ソーダ売りの女。そのソーダは、時間を操る能力と何ら関係はない。それでも、その女をソーダ売りに設定するという意味のなさが、物語をグッと豊潤なものにしているように思う。


女優たちは、なかなかの運動量と声量を要求されている。課された負荷をはねのけるようにして躍動する女たちの姿にグッときてしまうのは勿論なのだが、この『牛久沼』という、鰻争奪を巡るバカバカしい劇が妙に観る者の心を捉えるのは、劇の中の女たちが、彼女たちなりの圧倒的な正しさで、ぶつかり合っているからだろう。母娘の約束の為、病弱な息子に栄養をつけさせてやる為、亡き父の果たせなかった無念の為、潰れた定食再興の為・・・それぞれが「正しい」と思いながら、衝突している。もちろん、その”わかりあえなさ”はどうにも絶望的なのだけども、それは我々の住む世界そのものでもあるから、せめて劇中の女達のように活き活きとありたい。プレイバックにしろ、”女たち”の描き方にしろ、鎌田順也という作家は、今やタランティーノ以上にタランティーノ的だ。

*1:「わちゃちゃ」という説あり