青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

PUNPEE『Modern Times』

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オープニングトラックの舞台は2015年。年老いたPUNPEEが、40年前にリリースされた自身のファーストアルバムを振り返るところから始まる。未来から過去への眼差しでもって、現在を紡ぎ出す。その構造は、サンプリングという過去の遺産を掘り下げる手法で花開いたヒップホップミュージックの構造そのものをトレースしている。ミサイル、水爆、原発・・・極めて不安定なこの世界情勢であるが、2057年というやつは確かに存在し、それはどうにも穏やかな未来らしい。食卓で妻の振る舞うビーフシチューを楽しむような*1。この「未来はそんな悪くないよ」とでも言うようなポジティブなフィーリングは、不安な現代を生きるわたしたちをひどく勇気づける。しかし、そうでもしなきゃ、たかだか40年先の未来にすら希望を抱けない世界なんて・・・実にクソったれだ。

はいはい まぁご存知の通り
見た目も中身もまぁ覇気がない
はしにも棒にも引っかからずに男だか女か
それもわからない あ Pです

いかにもやる気のない体で待望のファーストの幕を開けるPUNPEE。「地球のことはどうでもいいのさ」とうそぶきながら、宇宙に飛び立ってしまうのだけど、実のところ、この現状には沸々と怒りを宿しているらしい。

妄想癖がドレスコード
見渡す限り皮肉なこんな世界じゃ
皮肉な曲は笑えないしな

時代はあれもこれもみんな 先に決めつけてさ
想像するだけで このままじゃ豚箱行きさ

偉い人に化けた異星人が
想像力を惰性で流そうと目論んでる!ってまた。。。
あの芸術家達もあの戦争に行ってたら死んでたかも
あの戦争の犠牲者の中にも
未来の芸術家が何人居たろう?

共謀罪や安保法案、その一方で平和ボケしたようなくだらないスキャンダル報道を過熱させるメディア。この国に歩み寄るうす暗い影をバースに忍ばせながら、それらを”想像力(このアルバムにはジョン・レノンが2回現れ、イマジンする)”を巡る戦いとして、立ち向かう。そして、とびきりの音楽で未来のご機嫌を窺がう。その姿はさながら、等身大のスーパーヒーローだ。大切なのはイマジネーション、”君の閉塞的な脳みそに少しだけ突き刺さる閃光”、それもイマジネーションのことだろう。



ヒップホップミュージックが持つ、時空を超えた交感のフィーリングは、ロバート・ゼメキスの『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を経由して*2、「タイムマシーンにのって」「Oldies」というパーソナルな2曲に帰結する。マクロからミクロへ。

人はこれって時にどうしても
時間を戻せたらとか言うね
でも誰も直せないから
直せないんだなぁ
昔からそうだし
まぁしょうがないねぇ
きっと先は不確定 不安定
でもお行儀よくじゃつまんないね
タイムマシーンに乗り込んで
トラベラーになれたら

例えば未来が すでにあるとして
だけど僕は あがき進んでいくのだろう
時は人をなじって時に振りまわすから
すべて 笑い話になればいいな"Oldies"と

誰もが持ち合わせる後悔と未来への不安を優しく包み込む。ヒップホップシーンのみならず、ポップミュージック史に名を刻む2017年の名曲の誕生である。



ヒップホップシーンのみならず宇多田ヒカルから藤井健太郎など、様々なシーンから賞賛を受ける大天才。でありながらも、PUNPEEはあくまで「板橋のダメ兄貴」と自嘲してみせ、このアルバムにおいても、「俺はパンピー(一般人)」という態度を貫いている。これは過剰な謙遜でも何でもなく、PUNPEEというアーティストの表現の核でもある。

先に名乗られなくてよかった
密かにこの名前気に入ってるのさ

と、自らのMC名について言及する「P.U.N.P. (Communication)」は超重要だ。

いつも俺に当たってた先輩も実家帰り 継ぐ家業
その先輩の大事なパンチライン
もったいないパクっちゃお(パクリちゃうんで)
汗だくの金田君は 糖尿で過去の人
鼻をいきまくってた米田君は 株主で超大富豪
ネタがなくなってきたってわけじゃないが
この名前やっぱ気に入ってる
君はおれで 俺はきみなんだ ほらわかったら
捨てるんだ こんなCD!!

それさえわかったらCDを捨てろ、とまで言っているわけだから、このアルバムで最も伝えたいラインは「君はおれで 俺はきみなんだ」であると決めつけてしまいたい。東京のローカル板橋区での日常のスケッチから意識は宇宙へと拡張し、PUNPEEという人格は増殖・分散していく。さならがら、”サンプリング”のように。PUNPEEは高田君だけども、金田君でもあり、米田君でもあり、私であり、貴方だ。

ニシンが数の子から誕生
サケの子供がイクラみたいに多分PUNPEE
そのうち何かに変化する

PUNPEE(と言うよりヒップホップシーン)は自我の絶対性に懐疑的で、Sugbabe、PUN-P、Heavy TOMO・・・複数のネーミングを持ち合わせている。わたしたちは絶対的な存在ではない。わたしたちは代替可能であり、故に歴史は受け継がれ、繰り返す。実家に帰った先輩MCのパンチラインをパクるようにして(先輩もまたPUNPEEであるから、それはパクりではない)。

若い世代が新しいものを作り、老いた者が見守るの繰り返しだよ
誰かが作れなかったものを次の若者が作る

未来はいつだって輝かしい過去の中にある。タイムマシーンに乗り込んで、墓を暴き、死体を繋ぎ合わせよう。そして、バックトゥザフューチャー。しかし、PUNPEEは礼儀正しい。アルバムは終盤に向かうにつれ、今はもうこの世にいない、かつての”わたしたち”へのレクイエムの様相を見せ始める。

死んじゃったいつかの
マブダチの灰をRollして
スモークすりゃアイツも
幻覚になって出てくる

あの芸術家達もあの戦争に行ってたら死んでたかも
あの戦争の犠牲者の中にも
未来の芸術家が何人居たろう?
きっと彼らのアイデアは空気を伝って
僕らが形にしてるこぼさずに
灰色の世界にひらめきを
夢のような暇つぶしを
つくりだそうぜHero

これまでの”わたしたち”に溢れんばかりの感謝を述べながら、「大事なのはこれからだぜ」と過去から未来から”わたしたち”を鼓舞する。*3 耳当たりはとびきりスウィート、ウットリするほどの情報量とギミックで編まれた、フューチャーコズミックヒップホップオペラ、それがPUNPEEの待望のファーストアルバム『Modern Times』である。*4


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hiko1985.hatenablog.com

*1:ついでにマリファナも解禁されている

*2:当然40年後のPUNPEEにインタビューしているのはデロリアンに乗ってやってきた若きPUNPEE

*3:ネタバレすれば、そのすべては隠しトラックによって覆される

*4:ちなみに私が偏愛しているのは14曲目「Bitch Planet」で「あ、ラウデフでーす」とピンポンとチャイムを鳴らして乱入してくるところ。「だめとかないじゃん、普通」がいい