青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

倉本聰『やすらぎの郷』

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やすらぎの郷』がおもしろい。12時30分から放送の昼ドラである。テレビ朝日がシルバー向け昼帯ドラマ枠を新設し、その記念すべき一作目として、倉本聰(『北の国から』『前略おふくろ様』『ライスカレー』など)が脚本を手がけている。御年82歳の倉本聰が2クールに渡る連続ドラマに挑んでいるという事実にまず震え上がってしまうのだが、出演者がそれに輪をかけて凄い。石坂浩二八千草薫、浅岡ルリ子、野際陽子有馬稲子五月みどり加賀まりこ藤竜也ミッキー・カーチス山本圭風吹ジュンetc・・・現行のドラマ作品であれば、この中の1人でも出演していれば御の字というようなベテランスターが勢揃いしている。これはもうテレビドラマファンとしては何を犠牲にしたって目撃せねばならぬ案件なわけだが、実際のところ異様におもしろい。


まさに異様なのだ。かつてテレビ業界に貢献したものだけが入居できる至れり尽くせりの老人介護施設「やすらぎの郷 La Strada」が存在する。石坂浩二の口から興奮気味にそのユートピア性が語られるほどに、スタッフから詳細な設備説明が為されるほどに、その実存が揺らぎ、何やら不安な気持ちになってくる。他にも「たとえ功労者であろうと、かつてテレビ局の専属として働いた経験がある者には入居の資格がない」というような必要以上に細かい設定は何なのだろう。作家の私怨のようなものが滲み出ていやしないか。”ラ・ストラーダ”に隠されたLASTの音も不穏だ。この感じ、何かに似ている。しばらく思案して辿り着いたのが、藤子不二雄Ⓐ(倉本聰と同じ1934年生まれだ)のブラックユーモア短編のフィーリングだった。

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石坂浩二近藤正臣と馴染みの居酒屋の2階でユートピアやすらぎの郷”の概要について語り合う質感など、まさにそれである。藤子不二雄Ⓐのブラックユーモアということであれば、最後には喪黒福造が現れ「ドーン!!!!」と大どんでん返しがありそうなものだが、さて本作においてはどうなるのだろう。


そして、お昼に放送しているとは思えぬほどの迸る死臭。物語のスタートからして、認知症の果てに亡くなった妻の墓の前での回想から始まる(ここでの風吹ジュンの若作りミニスカート衣装もどうかしている)。やっと主人公が物語の舞台である”やすらぎの郷”に辿り着いたかと思うと、入居者の葬儀後という事で、喪服姿で出迎える豪華絢爛の大女優達。ホワイトバックに映える艶っぽい黒の不気味さよ!そして、2週目現在、物語の争点となっているのは幽霊騒動である。死がそこかしこに転がっている。いや、執筆者、出演者の年齢を考えれば、当然のように”死”はテーマとしても漏れ出しようものだろう。しかし、このドラマにおいて死臭を放っているのは、高齢スター達ではない。彼らは実に活き活きと、往年のパブリックイメージを踏襲した演技を見せている。まるで死者のような不気味さを放っているのは草刈民代常盤貴子名高達男をはじめとする老人以外のキャストである。あの演技メソッドは何なのだ。妙な丁寧さの中でも隠し切れぬ無機質さ。彼らに生きる者としての精力を感じない。若手を代表する名女優の松岡茉優ですら、何やら不自然な笑顔を湛え、”ハッピーちゃん”という気の狂ったようなニックネームを授けられている。死に場所を求めてやってきた老人達が青春を謳歌するかのように快活と、それ以外の人々はロボットのように。この反転現象。「もう死んでいるのはお前ら(=現行のテレビ業界)なのだ」という痛烈な皮肉なのか、はたまた。


さて、現在の放送までをして、この『やすらぎの郷』の主成分は回顧主義から来る愚痴と皮肉。そして、”老人のギャルゲー”と揶揄されるようなスケベ心である。そんなもの誰が観たいのだ、という話だが、これがおもしろいのだから不思議だ。倉本聰の刃の切れ味は、老いてますます鋭い。石坂浩二浅丘ルリ子の、もしくは加賀まりことのハグの画力を、君を見たか。しかし、82歳の作家のまさに命を削るような長期執筆が、愚痴や皮肉などで留まるとは思えないわけで。このドラマが最終的にどんな場所に連れていってくれるのか、期待と関心は尽きない。