青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

3776『3776を聴かない理由があるとすれば』

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XTCやPublic Image Ltdを彷彿とさせるニューウェーブサウンド、もしくはPavmentのようなローファイ感。そんな楽曲で踊るローカルアイドルグループが富士山の麓ににいる、という噂を耳にしたのはいつ頃だったか。

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この3776と名乗るアイドルグループはメンバーの脱退を繰り返し、ソロユニットへと変貌し、衝撃のアルバムを作り上げていた。なんて完璧なコンセプトだろう。学園生活から富士山、そして宇宙への到達さえ感じるこのこのアルバムを通して得られる感触は、劇団ままごとの第54回岸田国士戯曲賞受賞作『わが星』を観た時のそれに近い。そのコンセプトに関しては後述するとして、まず音楽としての素晴らしさを称えたい。偏屈ポップミュージックラヴァー必聴の1枚に仕上がっている。前述の通り、基調となっているのは乾いた音質のソリッドなカッティングギターを軸としたニューウェーブサウンド、そしてテクノポップ。そこに複雑な変拍子、奇天烈でプログレッシブなコード進行、サイケな音響処理がのっかり、異形の音楽絵巻が展開されている。P-MODELムーンライダーズ、有頂天、電気グルーヴ(富士山!)、NUMBER GIRLといった先人が作り上げたこの国のオルタナティブミュージックの道筋は、どうやら富士の麓に繋がっていたようなのである。もいろクローバーZ『5TH DIMENSION』、私立恵比寿中学『金八』

金八

金八

といった怪作を聞くにつれ、国内のコンテンポラリーなオルタナティミュージックは、アイドルグループに受け継がれているのだ、という想いを強くしていたのだが、その最果てがBiS階段
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とこの3776なのではないだろうか。ここまでの記述の段階で、下手すればスカムの一言で片づけられかねない所なのだが、安心して欲しい。石田彰の持つほんのり甘いメロディーとアレンジのセンス、そして井出ちよの類まれなる表現力が、見事にポップスとしての響きをキープし、聴き手を限定する事なく全方位に開かれている。アイドルソングとしての質感をしっかりと形成しながら、どこまでもオルタナティブ。3776はクリエイターがやりたい事をやり切ったももいろクローバーZである、という感じだ。

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いやはや、パーフォマンもルックも完璧ではないだろうか。ジャケットも最高。



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前項のPIZZICATO ONE『わたくしの20世紀』のレビュー、実は元々はこのエントリーの書き出しであったのだ。小西康陽の名盤『わたくしの20世紀』リリースの時を同じくして、SPANK HAPPYの悪戯が、2枚のアルバムをリリースさせた。1枚は地下アイドル姫乃たまが佐藤優介(カメラ=万年筆)、金子麻由美といったコンポーザーの協力の元に作り上げた『僕とジョルジュ』

僕とジョルジュ

僕とジョルジュ

であり、もう1枚がこの『3776を聴かない理由があるとすれば』である、というような事を書きたかったわけだけども、書き進めている内によくわからなくなったのでお蔵入りとなった。プロデューサーであり全楽曲を手掛ける石田彰のクリエイトの最大の影響は小西康陽(とBUMP OF CHICKEN)にあるらしい。なるほど、偏執的なまでのコンセプトや井出ちよとの関係性、メロディーの譜割りのセンスや身体性の伴わない室内ファンク感、など様々な点にその影響が伺えるわけだが、何よりもその死生観をポップミュージックの関係性、という点において、小西チルドレンと言えるだろう。


さて、最後に久し振りに登場した全うなコンセプトアルバム『3776を聴かない理由があるとすれば』、そのコンセプトについて記そう。アルバムのトータルタイムは3776秒に設定されている。1秒ごとに1m進み、アルバムを聴き終えるとちょうど標高3776mの富士山の登頂にも成功するという仕組みになっている。曲間のインターバルには、(おそらく)実際に井出ちよが富士山を登りながら録音したもの思われるカウントが収められており、アルバムが進むにつれ「3776」という近づいていく。この明確な”終わり”に向けて進んでいく、というこの構造は、アイドル活動の比喩であろうし、”死”の比喩である。それらが、恋や震災、はては地球や生命の成り立ちにまで枝葉を分けながら壮大に語られていく。この一大コンセプトを完全に理解するのは困難を極めるわけですが、最も重要なのは、時の流れの不可逆性とその尊さが、このレコードにはっきりと刻まれているという点だろう。「富士山に登らない理由」があるのだとすれば、それは「登ってしまったら、もう登る前の自分には戻れないから」だろう。またアルバムタイトルにもなっている「3776を聴かない理由」というのがあるとすれば、それはやはり聴き始めたら終わってしまうからである。何事も始めたら終わってしまう。しかし、そんな意志とは関係なしに毎日は進み、終わりに向かっているのだ。それならば、たとえ終わってしまうとしても、始めずにはいらないだろう。そんな噴火せんばかりの溢れ出る想いが形となったのが井出ちよというアイドルの活動であり、この『3776を聴かない理由があるとすれば』という作品の煌めきなのである。名盤。