青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

PIZZICATO ONE『わたくしの二十世紀』

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菊地成孔が率いたSPANK HAPPY(第2期)の活動の成果に、煌びやかなピチカート・ファイヴの中から、小西康陽のクリエイトの源をわかりやすい形で(それもフェティッシュに)曝け出した、というのがあるのではないだろうか。それは凡庸な言葉で説明してしまえば、資本主義の街に漂う静寂な孤独。そして、諦念と憧れが織り交ざった倒錯した死生観。タナトス、エロス、ポップミュージック。

私の声が聴こえる?

という問いかけから始まるPIZZICATO ONE『わたくしの20世紀』は、ピチカート・ファイヴのゴージャスな装飾に隠されたその”ヴォイス”に焦点を当てた作品である。2015年を『わたくしの20世紀』という掛け値なしの傑作がポップミュージック史に刻まれた年として記憶したい。ピチカート・ファイヴ後期の楽曲を中心に、これまでのキャリアの中で今、改めて聞かれて欲しい楽曲を選び抜き、西寺郷太小泉今日子甲田益也子おおたえみり、YOU、市川実和子ムッシュかまやつUAといった豪華ボーカリストを客演に迎えリレンジしたセルフカバー集。小西康陽が監督を務める哀しくて儚い短編映画のオムニバスと言った赴き。しかし、描かれているフィーリングは一貫している。

いつでもふたりは 別々な夢を見ている
おなじベッドで 抱き合って寝てるのにね


「恋のテレビジョン・エイジ」

恋は終わるし、戦争は終わらない。誰といようとも貴方はずっと1人だし、そのまま1人で死んでいくんだよ、という事が繰り返しあらゆる声で歌われる、実になかなか恐ろしいアルバムである。まるで、彼岸に片足をつっこんでしまった亡霊が口ずさむミュージックのよう。

ゆうべ着ていた服は
たぶんもう着ない
新しい服に 着替えて出かける


「戦争は終わった」

ピチカート・ファイヴの楽曲が、こうも違った形で響いてくるとは。ここで歌われているのは資本主義の謳歌などではなく"死"だ。小さくか細いヴォイスが届くように、とアレンジされたゴージャスながら静謐なアレンジが素晴らしい。とりわけストリングスとベースライン。


この音楽は、貴方の夜に忍び込む。貴方は、ヘッドフォン越しに聞こえてくるその哀しさに「まったく、人生というのはなんて辛く儚いものなのだろう」と涙をこぼすかもしれない。しかし、だからこそ、そんな時に流れる音楽は美しく鳴らされなければならない。それが、小西康陽の音楽家としての魂のようなものではないだろうか。

同じベッドで 抱きあって 死ねるならね


「マジック・カーペットライド」

ラストトラックとして流れるファンにはお馴染のこのナンバーも、この『わたくしの20世紀』に収められる事でまた違った響きをもって迫ってくる。レコード芸術に宿る魔法のようなものさえ、暴かれる小西康陽の最高傑作ではないだろうか。