cero『Orphans/夜去』
Marvin Gaye「Let's Get It On」のあのスペシャルなイントロを想起せずにはいられないトーンが即座に、軽快なフルートの音色に切り替わる。散歩時に思わず飛び出してしまった口笛のような。憧れの対象であったブラックミュージックのスウィートネスが僕らのLIFEにスッと舞い降りる、完璧な導入。Marvin Gayeと小沢健二を折衷したようなメロディーはギター橋本翼のジオラマシーンでのキャリアの結晶だ。歌に寄り添うホーン、ギター、鍵盤のフレーズの絡み合いも、快楽的ではあるが、とても近しさを感じる。メロウさをキープしながらも躍動するリズムが心地よい。
さて、大瀧詠一、小沢健二、岡村靖幸、その他無数の先人達が試みたブラックミュージックの日本語ポップスへの変換は、高城晶平というボーカリストによって、また一つ上のステージに進もうとしているのかもしれない。劣化版でも物真似でもない、高度で繊細な節回し、発声、呼吸を駆使した新しい歌唱で、ソウルミュージックのフィーリングを日本語に落とし込んでいる。歌い出しの歌詞を改めて読み驚く。
終日(ひもねす) 霧雨の薄明かりが包む 白夜の火曜
英語の響きに近づけるでなく、日本語の美しい響きと固さをスムースにメロディーに乗っけてしまうテクニック。そして、漂うマジックリアリズム的導入。もう片方のA面「夜去」とカップリングの小沢健二カバー「1つの魔法(終わりのない愛しさを与え)」も抜群の出来映えだが、このエントリーでは「Orphans」の歌詞の素晴らしさについて言葉を費やしたい。ceroはこれまでの2枚のアルバム、そして昨年のシングル『Yellow Magus』を通して1つの壮大な世界を描いてきた。
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終日 霧雨の薄明かりが包む 白夜の火曜
気が狂いそうなわたしは
家出の計画を実行に移してみる
冴えないクラスメイトが逃避行のパートナー
彼は無口なうえにオートバイを持っていたから
サービスエリアで子どものようにはしゃぐ
クラスメイトが呑気で わたしも笑う
弟がいたなら こんな感じかも
愚かしいところが とても似てる
(別の世界では)
2人は姉妹だったのかもね
(別の世界がもし)
砂漠に閉ざされていても大丈夫
あぁ 神様の気まぐれなその御手に掬いあげられて
あぁ わたしたちは ここに いるのだろう
終日 乗り回して町に戻ってきた 白夜の水曜
疲れ切った僕は
そのまま制服に着がえて学校へと向かう
休んだあの子は海みて泣いてた
クラスメイトの奔放さが ちょっと笑えた
姉がいたなら あんな感じかもしれない 別の世界であぁ 神様の気まぐれなその御手に掬いあげられて
あぁ 僕たちは ここに いるのだろう
一人称で書き進めながらも実に映像的だ。1番と2番での人称の切り替えもあまりにスームズ。青春ロードムービー的味わいは、仮タイトルでもあった「バカ姉弟」からも安達哲の諸作(『キラキラ!』『さくらの詩』)と同様の匂いを感じとれる。今作でも素晴らしいMVを献上したvideomusictapeにぜひ染谷将太と前田敦子のキャスティングで映像化してもらいたいものです。内容に少し踏み込んでみたい。「あの子は海みて泣いてた」とあるように、『My Lost city』の”水”の物語の記憶を彼女がうっすらと持ち合わせているのが窺える。であるからして、彼女は”霧雨”に気が狂いそうになるのだろう。深読みかもしれないが、物語が火曜から”水”曜に移っていくのも、どこか示唆的だ。「愚かしいところが とても似てる」と彼女にはクラスメイトと比較する対象がぼんやりと浮かんでいるようだ。「別の世界では2人は恋人だったのかもしれない」なんてフレーズならよく目にするものだが、”姉弟”である。「2人は姉弟みたい」親密さを漂わせるウォーミーなフレーズではあるが、同時に決して結ばれる事のない、交わる事のできない断絶がそこにはある。「Orphans」という楽曲では私達の持つ根源的な孤独が掬い上げられて、ティーンエイジャーの他愛ない恋物語に昇華されている。その類まれなる筆致に、瞳を濡らすのだ。また、2人の"孤児"を決して一人ぼっちのままにはしておかない。それはあらゆる芸術の文脈を折衷していcero"Contemporary Eclectic Replica Ocean「折衷主義的模造大洋」"のやり方にふさわしい。
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