青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

ayU tokiOライブ『new solution 3』

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ayU tokiOのファーストアルバム『新たなる解』のリリースを記念したイベント『new solution 3』が開催された。会場は原宿 ASTRO HALL、ゲストはミツメ。音楽による音楽の為の幸福な時間。あぁ、本当に素晴らしかった。「私は『new solution 3』を目撃したぞ!」と大声で叫んで回りたい気分だ。それくらい決定的な夜だった。リズム隊(原GEN秀樹の手数と歌心を兼ね備えたドラミングときたら!!)、フルート、ヴィオラバイオリン、サックス、トランペット、鍵盤2台、ギター2本にコーラス隊、と最大14人編成を誇る、通称アユトーキョー”アルティメット”バンド、その贅沢でありながらどこまでも甘美な演奏は、巷に溢れる安っぽい音楽へのアンチテーゼなのです。あんなにも美しく流麗な音楽を奏でながらも、活動当初のアナーキズムや歪さを微塵も失っていない事にうれしくなってしまう。いつだって思い出してしまうのが、初めてayU tokiO(ayU tokiO Teamとしてのライブは除く)名義のライブを観た日のことだ。正装した管弦隊を従えて、白い大きなヘッドフォンを装着した男が打ち込みのトラックを操作しながら、か細い声でアノラックなギターポップを奏でていた。不思議な光景とサウンドに呆気にとられながらも、「これぞ、ポップミュージックの実験の夜だ!」と感激したものだ。どのライブを観ても、ayU tokiOは大量の機材を自ら持ち込み、サウンドの試行錯誤を繰り返していた。あの数々の実験の日々が、ついに祝福される時が来たのだ。実験の夜からポップミュージックの革命の夜へ。文句なしに今年度ベストライブ。つまりあの小沢健二の『魔法的』ツアーより感動したってことだ。いつだって未来は後ろのほうからやってくるものだから。ayU tokiO、ミツメ、そしてこの日、会場で姿を見かけたスカート、Magic,Drums&Love、ザ・なつやすみバンドetc・・・といった希望の匂いのする音楽家達の事を想うと、胸が一杯になる。ポップミュージックの未来は明るいのである。



アンセムとして圧巻の佇まいをみせた「恋する団地」、「ちょっと一息」のタイムマシーンのようなポップスとしての強度や、「犬にしても」でのやなぎさわまちこの歌唱の素晴らしさ、「乙女のたしなみ」が見せる音楽の歴史が混ざり合う瞬間、世界で1番いい曲である「狐の嫁入り」(なんてって、はじまりもおわりもない)などなど、語らねばならぬポイントは多々あるのだけども、音楽について書くのは得意ではないので、口をつむごう。アユ氏がMCでも言及していましたが、このアユトーキョー”アルティメット”バンド編成でのライブが、都内独占なのは、全てのポップミュージックファンに申し訳がたたないので、懐の大きいイベンター様、どうか彼らを全国に、と願うばかりです。



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最近のこと(2016/06/27~)

最近のこと。気がついたら、もうすっごく暑い。まもなく2ndがリリースされる(まじかよ)、The Avalanchesのファーストアルバムばかり聞いています。

Since I Left You

Since I Left You

先日の神宮ではあまりの日差しに、唇を日焼けしてしまった。唇の日焼け、という現象をこの歳にして初めて認識したのだけど、そりゃあれだけ剥き出しならば、焼けるよなぁ。唇って身体の中で最も剥き出しなのでは。小学生の頃、GLAYが口唇と書いて”クチビル”と読ませる感じが気持ち悪い、と思っていたのだけど、今考えてもやっぱり気持ち悪い。すごくどうでもいいイントロダクションになってしまった。



月曜日。ブルーマンデー。退社後、スーパーで買い物してから帰宅。特売日で蒸し鳥とスモークされた鴨肉がとても安く買えた。サラダに添えたい。豆腐、納豆、キムチ、茄子の漬物を食べた。急に気になって、豆腐の「木綿VS絹」の抗争は調べたところによると、若干ではあるが絹が優勢のようだ。しかし、だいたいの人が「料理によって使い分ける」という意見のよう。そら、そうだ。私は豆腐を調理せずにそのまま食べたい時、だいたい絹を選んでしまうのだけど、木綿が好きというほうが断然”わかってる”っぽいので悔しい。絹はポップスで、木綿はブルースなのだ。高野豆腐はジャズ。


録画していた『乃木坂工事中』と『欅って書けない?』を観た。乃木坂46鈴木絢音さんブレイク前夜という感じ。握手会での人気もどんどん上昇しているようだ。欅坂46の2ndシングルのフォーメーション、凄くリアルだな、と思った。「ひらがなけやき」の立ち位置がまだ理解できていない。その名称も含めて、悪手としか思えない。合併してシンプルにアンダーメンバーにすればいいのに。乃木坂の3期生に応募してくるのは、普通に考えて欅坂46以下の粒なんだろうなぁ。少しでも賢ければ、乃木坂3期生よりも、成功がある程度確約されたグループの1期生を選ぶ。平手ちゃんやベリサ、ベリカが3期生にていくれたら、どんなに素晴らしかった事でしょう。『NOGIBINGO 6』最終回の、「ラーメンを食べる時、ゴムで髪を結ぶ西野七瀬」と「電話をしながら足の爪を切る橋本奈々未」が素晴らしくて、ありがとうございます。7月から『KEYABINGO』が始まるらしいのだが、MCに起用されたのはなんとサンドウィッチマン。あーその手があったか、と唸った。乃木坂にとってのバナナマンのような存在は、サンドウィッチマンしか考えられない。既に伊達ちゃんが

何か言ってみようと思ったら、言ったほうがいい。何も発言していないって思ったときは手を挙げてくれたら僕が指しますから。みんなこれからです。頑張ろう。

という最高のコメントを出している。素晴らしい。しかし、もったいないなぁ、なんで『欅って書けない?』のスタッフはサンドウィッチマンという選択に気づかなかったのか!『欅って書けない?』のMCがサンドウィッチマン、『KEYABINGO』が土田+澤部というほうが収まりがグッといい。



火曜日。雨降り。傘についた水滴が一遍に拭きとれてしまう何かしらの装置みたいなものが全ての駅の改札にあったらいいのに。濡れた傘を持った人々の詰まった通勤電車ほどウンザリさせられるものってないのだ。退社する頃には雨が止んでいたので、歩いて帰る。歩いていると、本当に無心になれる。本屋の寄って『キネマ旬報』がジブリ特集、ジョン・ラセタ―のインタビューが載っていたので購入。表紙もいい。

南波氏による論考、とりわけ『耳をすませば』への批評が素晴らしかった。黒木瞳が映画監督に挑戦して、その主演が吉田羊というのを誌面から知る事ができました。今の若い子達は「黒木瞳がお母さんだったらどうすんべ?」とか「お前のお母さん、黒木瞳ばりに若いな」って話とかしないんだろうな。15年くらい前はだね、世の中のお母さんが黒木瞳基準で語られる時代があったんだよ。黒木瞳Wikipedia眺めていたら、『昔の男』『恋を何年休んでますか』『木更津キャッツアイ』といった2000年代初頭のTBSの金10時ドラマ、むちゃくちゃ観ていた事に気づいた。他にも『世界で1番熱い夏』『愛なんていらねぇよ、夏』など話題作が充実している。



水曜日。お腹が減ってフラフラになったので、餃子を食べた。シネコンで『クリーピー 偽りの隣人』を観る。2回目。あぁ、面白い。目が楽しい。近くの席に座っていたカップルは「なに、これ」「長いし、わけわからん」「失敗したぁ」と激しく後悔していました。黒沢清を知らないお客さんも呼べるパワーが西島×香川というキャスティングにはあるのだなぁ。西島秀俊のここ5年での人気の伸び率凄まじい。アミール・ナデリの『CUT』が新宿で上映していた時なんて、舞台挨拶でもないのに劇場の入口に座って客入りを眺めるフラットさだったけども、今そんな事をしたら大騒ぎだろう。『クリーピー 偽りの隣人』の感想は長くなってしまった。
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感想からははぶいたのだけども、香川と竹内がテレビでクラゲの映像を観ていた。『アカルイミライ』だ。
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スクリーンプロセス撮影の車内で「まだまだいくぞぉ」の香川と、望遠鏡でコの字型を探す香川が最高。



木曜日。歩いて帰り、汗をかく。野球中継が気になりながらも、サウナに出掛けて、リフレッシュした。前回行った時も一緒だった堅気じゃない人がまたいた。土日にもいて、平日の夜もいて、と考えると極道って意外とホワイト企業なのだろうか。サウナのテレビではナイナイが芸能人と釣りをしていた。今のナイナイには面白いディレクターや作家は寄ってこないのだろうか。ナイナイの釣りの後には、みのものんたと久本雅美が司会をしている番組が流れていた。タイムスリップしたみたいな気分だ。家に帰ってDVDで黒沢清の『回路』を観た。

回路 [DVD]

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加藤晴彦有坂来瞳が出演しているの時代を感じる。



金曜日。一旦、帰宅してダラけていたのだけど、地方から学生時代の友人が出てきたというので、自転車で池袋まで向かい、遊んだ。と言っても、ダベっていただけなのだけども。肉Balでソーセージなどを食らって、ファミレスで朝方までグダグダしていた。繁華街の深夜のファミレスにいる人達は一体何者なのだろう。ほとんど女性の1人客で、何かを食った後、机に伏して寝ていた。朝方の人の少ない道を自転車で駆け抜けるのは心地よい。帰宅して倒れるように眠る。



土曜日。快晴。溜まっていた洗濯物を干しに干す。お昼に松屋グリーンカレーを食べる。本格的なグリーンカレーで驚いた。松屋のカレーのレベルは信頼できるな。部屋の掃除を済ませて、録画してあったNHKの『ドキュメント72時間』の「京都・鴨川デルタ、青春の日々」を観て、その何気なさに泣く。素晴らし過ぎる!恥ずかしながら初めて観たのですが、毎回こんなにクオリティが高いのでしょうか。過去のアーカイブ全部観たい。電車で新宿に出掛けた。新しくできたJR東日本とルミネによる新商業施設NEWoManに寄ってみる。「TORAYA CAFE・AN STAND」でコッペパンを食べて、「ブルーボトルコーヒー」でアイスコーヒーを飲んだ。
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トレンディで楽しいではないか。原宿に移動して、アストロホールでayU tokiOの自主イベント『New Solution3』を観た。今年ベストライブ。
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客入りがパンパンなのにも、感激してしまったな。日テレで1日中音楽番組が放送していたらしい。そこで披露された乃木坂46「きっかけ」と欅坂46「世界には愛しかない」が最高でした。欅坂46の楽曲の充実ときたら。秋元康の歌詞、声、振り付け(スカートが揺れるということ)、どれをとっても完璧。平手ちゃんの存在がクリエイタ―を刺激するのか。夏のアニメ映画を1本観たような充実がこの楽曲にはある。



日曜日。凄まじく暑い。朝起きたら、汗だくであった。シャワーを浴びて、パン屋に行き、朝ごはんを確保。洗濯機を回して、シャツにアイロンをかける。昨夜の『ゴッドたん』の「仲直りフレンドパーク」がとっても面白くて、大笑いしてしまった。すっかりこの状況に慣れてしまったが、こんなものを地上波で観られるという喜び。キングコング西野はオダギリジョーくらいかっこいいし、バラエティの勘と反応速度はピカ1。それほどの逸材でも結局天下を獲れないまま終わるのだから、恐ろしい世界だ。昼前に自転車で豊島園の「庭の湯」へ。道すがらで大学の後輩に会った。新婚ホヤホヤで幸せそうであった。そういえば、レキシの曲を先日、初めて聞いたのですが、普通に良くてビックリしました。アルバム5枚も出してんだなー。
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この日はお昼ご飯前に温泉とサウナ3セット。館内着をまとって軽くお昼ご飯。少し休憩して、もうお風呂場に戻って温泉とサウナ3セット(内1回はアウフグース)。もう気持ち良さでフラフラの中、リラックルームで惰眠を貪る。18時過ぎに起きて、再びサウナ3セット(内1回はアウフグース)で最後のととのいを終え、食事処で野菜カレーを食べてフィニッシュ。温泉とサウナのフルコースを堪能した。気が付いたら7時間が経過していた。これぞ、贅の極みである。熱風師という仕事はこの世で1番かっこいい職業ではないか。熱風師とは、サウナの中でタオルを扇ぎ、心地良い熱風を起こす人の事です。何たる重労働か。彼らのパフォーマンス後にはいつだって最高の拍手を送りたいものだ(裸で)。



スワローズのこと。中日を3タテ後、敵地で広島相手に1勝2敗、巨人に2連勝で、6勝2敗。何と言ってもまずは山田哲人だろう。今年は開幕からずっと調子が良く、トリプルスリーだ三冠王だ、とメディアで騒がれていますが、とにかく勝負弱かった。ここぞ、という場面で全く打たない。ノンプレッシャーの場面で本塁打・安打を重ねている記録マシーンじゃないか、と苛立ちするら覚えていたのですが、交流戦明けから別人のよう。チームに勇気を与えるようなホームランを連発している。得点圏打率も2割台から一気に3割突破、スーパーヒーローだ。巨人戦での2本の勝ち越しホームランには興奮のあまり、鳥肌を通り越して、頭痛すら覚えた。そして、「このチームが大好き。ドラフトの時に戻っても、またスワローズに入りたい」という発言に涙。ありがとう、山田!壊滅状態であった投手陣も立ち直りを見せている。村中、杉浦といった先発再転向組が躍動し、怪我から復帰した平井がリリーフとして大活躍。カープ戦での圧巻のピッチングは忘れ難い鮮烈な印象を残した。フル回転のルーキ、秋吉も踏ん張っている。ついに最下位を抜け出し、更には館山・由規、石川の復帰が続々と決定している。勢いに乗ってくれるといいな。オンドルセク問題はどうなるのだろう。バーネットがきっとなんとかしてくれると信じている。
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『週刊プレイボール』のこの記事に感動。

黒沢清『クリーピー 偽りの隣人』

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黒沢清の待望のサイコスリラー『クリーピー 偽りの隣人』が凄まじい。尋常ならざる建物の画力。線路沿いにしがみつくようにして建っていた『トウキョウソナタ』(2008)の佐々木家のルックも強烈であったが、今作に登場する建物の気配、立地や空間の歪みは、この映画の主役と言っていい。思わずカメラが上昇し(ドローンによる撮影らしい)、その全容を俯瞰で捉えてしまうほどである。中でも最も不穏な質感を放つのが西野家だ。その前に広がる空き地は砂利が敷かれ、用途不明の給水塔がそびえ立っている。「安全第一」のフェンスで囲われ、そこには「立入禁止」のボードも貼られている。ご丁寧に「立ち入るべからず」と警告されているのにも関わらず、その不思議に歪んだ空間が放つ魅力に抗えない人間達が集まってくる。



黒沢清と言えば「揺れるカーテン」というほどに象徴的なその”風”は今作においてもあらゆる空間に吹いている。高倉夫妻の済む新居の窓は常に開け放たれ、カーテンが艶めかしく揺れている。”風通りの良さ”というのが高倉夫妻がこの家を購入した理由の1つなのかもしれない。偽りの隣人である西野(香川照之)の家もまた風が吹いている。入口では濁ったビニールのカーテンが怪しく揺れ、庭先では生い茂った植物が不気味に揺れる。どう考えても歪なはずのその風の誘惑(それは西野の巧みな人心掌握術と同義だ)に、康子は耐える事ができない。西野との接触後には、より強力な風を、と部屋で扇風機を回し出す康子。そんな彼女が、より大きなプロペラを有する換気扇が設置されたあの西野の秘密の地下室に導かれるのは当然の成り行きなのだ。



西野というキャラクターが凄い。園子温冷たい熱帯魚』(2011)の「埼玉愛犬家連続殺人事件」をはるか飛び越え、報道規制まで引き起こした近代犯罪史随一のおぞましさを誇る「北九州監禁殺人事件」さえも彷彿させる人物造詣だ。リアルとファンタジーが同居した映画史を見渡してもなかなかに類を見ない強烈なサイコパス。しかし、この映画は彼の独壇場とはならず、登場人物誰もがみな一様にして狂っている。”現代の生んだ亡霊”という感じの東出昌大が傑作『寄生獣』(2014)
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での快演を彷彿とさせる見事な無生物ぶり*1、2つの事件を結びつける共鳴のアクション(早紀は澪の未来そのもののようである)を見事に表現する川口春奈藤野涼子も素晴らしいのだが、ここでは高倉夫妻にまつわる不思議さに的を絞りたい。


それがさ、学生と話してみると意外と面白いんだ
オレ、案外向いてるのかもな

という台詞を空しく搔き消すようなキャンパスで見せる高倉(西島秀俊)の欠伸。教授の部屋とは思えぬほど開け放たれたスペースで退屈そうにしているにも関わらず、彼の元に集まってくる学生は1人として現れない。しかし、彼の講義は階段机の教室に1つの空きもないほど学生が詰め込まれている。犯罪心理学の講義が、(春先ならまだしも)夏場においてこれほどに学生の出席率を集めるというのは異常事態と言っていいだろう。とにもかくにも、その光景は異様としか言いようがない。ガラス張りの空間で高倉によって行われる早紀(川口春奈)の取り調べは更に異様だ。早紀の記憶の階層に比例するように明暗がコントロールされる照明、縦横無尽に歩き回る動線がまずもっておかしいのだが、それ以上にガラス外の中庭の様子が気になってしかたない。まるで共通の意思を持った襲撃者のようにして集まる学生たち。その数と動きもさることながら、ドラマは取り調べで起きているにも関わらず、そのガラス外の様子にまでクッキリとピントを合わせるカメラが何よりおかしい。こういった常識とのズレを表出する歪みが、この映画のグルーヴの根底だ。サイコパスの症例を恍惚とした表情で眺め、陰惨な事件の実例を嬉々として学生に語る高倉。学者としての性なのかもしれないが、その吐息はどこか生臭い。彼自身もまたサイコパスなのではないか、という疑念が観る者を捉えて離さない。挙句には事件の調査を、被害者本人を前にして「趣味です」と言い放ち、捜査にのめり込むあまりに相手を暴力的に抑えつけるなどの暴挙に出る。彼は単なる”巻き込まれ型”の主人公ではない、と言えるだろう。



対して高倉の妻である康子(竹内結子)はどうだろう。一見、料理好きの良妻のようだが、その”料理”がどうにも変だ。どうやら凝った料理を作っているようなのだけども、食卓に並ぶそれらは何故だかはっきりとはカメラには映らない。あの夫婦はあの4人掛けのテーブルに2人で座る、どこかもの哀しい食卓で、一体何を食べているのだろう。西野の娘に料理を教える、と招いた客に並べる料理もその全容はさっぱり不明だ。
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西野が大袈裟に「んまぁい」と言って口にする料理も、汁にまみれた卵にしか見えない。卵を飲み込む香川照之、まさに蛇(『蛇の道』!)のようである。康子が料理を指して「クスクスっていうんですよ」とその具体名を明かす台詞が登場するのだが、中学生に最初に教える料理がクスクスというのはどう考えても普通ではないように思える。康子はピンとのズレた女性なのだろうか。その極めつけは、「昨日のシチューが余ったので、差し上げようかと」と透明なボウルに入った茶色い液体を西野家におすそわけしようとするシーンだろう。鍋という概念が存在しない世界なのだろうか。そのボウルの透明性が故に可視化された”茶色”から連想されるのは、彼女の心の”濁りのようなものであるし、もしくは引越の挨拶において、康子から西野に手渡されたチョコレートだろう。そもそも隣人への引越の挨拶に”手作り”のチョコレート(しかも日向の窓に放置しておいた)を渡そうとする時点で、彼女は狂っているし、その異常さに何ら感づかない夫の高倉もまたおかしい。


もうとっくに、いろんなことを諦めちゃったのよ

という康子の台詞にて、高倉夫婦は何かが決定的に損なわれてしまったという事がわかる。金に苦労している様子もないし、高倉は彼なりに愛情を妻に向けているように見える。何が不満なのだろう。前述の料理にもっと関心を寄せて欲しいのだろうか。しかし、新聞やテレビに目を向けて食事するでもなく、「おっ、凝ってるな」だとか「美味い」くらいの事は口にしてくれる高倉はまだましな夫に映る。この夫婦にはそういった些細な事象ではなく、もっと大きな、決定的な欠落があるはずなのだ。すると、思い当たるのは、画面に決して映る事のない高倉家の二階だ。

私、その人を見下ろしていました

と、6年前の事件当時、本多早紀(川口春奈)の部屋が二階にあったという何てことはない事実が、ことさら重要であるかのように強調されていたのを思い出す。西野家においても澪(藤野涼子)が階段から降りてくるシーンが存在する事から、彼女の部屋もまた二階にあるのだろうと推測される。つまり、この映画における”二階”というのは、子どもの為の部屋がある空間だ。しかし、高倉夫婦には子どもがいない。いるのは、とびきり大型な犬のマックスだ。この犬のもたらすルックと運動性がこの『クリーピー 偽りの隣人』という映画を殊更魅力的なものにしている事は否めないが、あのまるで幼児ほどの大きさの犬が”人間の子ども”に置き換わったとしても、物語は何ら破綻をきたさないという事に気づきやしないか。あの家は2人で暮らすには身に余るように思えるし、前述の通り食卓のテーブルも広すぎる。マックスが少年ではなく、”犬”である事。それが決して語られる事のない高倉家の欠落であるように思える。誤解しないで頂きたいのは、子どものいない夫婦が不幸だ、と言いたいわけではない。あたかも”消失”してしまったかのような質感が、まさに黒沢清の映画を貫くもの哀しさそのものだ、と感じるのだ。映画ラストに見せる、康子のあの尋常ならざる号泣。その泣き叫びは徐々に「オギャー」という赤子の産声のようにも響いてくる。あの時、彼女は夫婦に横たわる埋めようのない欠落を埋める”何か”を産み落としたのではないだろうか。

*1:事実、黒沢清は『寄生獣』を観て、東出昌大にオファーをかけたらしい

エーリヒ・ケストナー『飛ぶ教室』

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この世界で、最も私好みのハッピーエンドを披露してくれる作家、それがエーリッヒ・ケストナーだ。ただ甘いだけではなく、とびきりのユーモアとペーソスで、過酷な現実に置かれた主人公達(とりわけ、親とはなればなれになってしまった子ども達にケストナーは深い愛情を注ぐ)をしかるべき場所に導いてくれる。『エーミールと探偵たち』『点子ちゃんとアントン』『ふたりのロッテ』『一杯の珈琲から』etc・・・眩いばかりの傑作を多数執筆している作家だが、代表作を1本選ぶとなれば、やはりこの『飛ぶ教室』になるだろうか。高橋健二の訳が有名だが、新訳も充実しており、とても手にとりやすい。

飛ぶ教室 (光文社古典新訳文庫)

飛ぶ教室 (光文社古典新訳文庫)

飛ぶ教室 (岩波少年文庫)

飛ぶ教室 (岩波少年文庫)

丘沢静也の光文社古典新訳文庫も素晴らしいが、まず手にするなら、少しキザでスウィートな岩波少年文庫での池田加代子の訳をオススメする。子どもに向けた明瞭な文体のリズムの良さが、ハッピーエンドに向かう物語の幸福感をドバドバと増幅させてくれるように思う。


こんどこそ、クリスマス物語の決定版を書く。

と意気込む作者のケストナーが”まえがき”(更には”あとがき”でも)において出しゃばり、物語が始まる前の”おしゃべり”をする。いや、むしろこの”まえがき”でケストナーは言いたい事の全てを喋り切っている。彼が今作で伝えたいのは

くじけるなよ、ボーイズ

という事に尽きるだろう。もちろん、ボーイズ&ガールズだ。一遍の曇りもなく、ただただ幸せしか描かれない砂糖菓子のような子ども時代が描かれている作品を、ケストナーは「こんなものは、ウソっぱちだ!」と一蹴する。子どもの流す涙は、時には大人の流すそれよりも重たい事だってあるはずだ、と。

どうしておとなは自分の子どものころをすっかり忘れてしまい、子どもたちにはときには悲しいことやみじめなことだってあるということを、ある日とつぜん、まったく理解出来なくなってしまうのだろう。(この際、みんなに心からお願いする。どうか、子どものころのことを、けっして忘れないでほしい。約束してくれる?ほんとうに?)

みんなには、できるだけしあわせであってほしい。ちいさいおなかが痛くなるほど、笑ってほしい。ただ、ごまかさないでほしい、そして、ごまかされないでほしいのだ。不運はしっかり目をひらいて見つめることを、学んでほしい。うまくいかないことがあっても、おたおたしないでほしい。しくじっても、しゅんとならないでほしい。へこたれないでくれ!くじげない心をもってくれ!


ボクシングで言えば、ガードをかたくしないければならない。そして、パンチはもちこたえるものだってことを学ばなければならない。さもないと人生がくらわす最初の一撃で、グロッキーになってしまう。人生ときたら、まったくいやになるほどでっかいグローブをはめているからね!

人生というとてつもなく理不尽で暴力的な怪物。大事なのは怪物がもたらす”悲しみ”への準備をしておくこと。備えあれば、憂いなし。その為に大切なのは、言うまでもなく知恵と勇気だ。「言うまでもない」と書きながらも、それをどうしても理解できないのは、子どものみならず大人に多い。だからこそ、ケストナーはとびっきり魅力的な物語を書く。ちょっぴり悲しくて、だけども特大級に幸せな結末を迎える、知恵と勇気の物語を。



個性的な5人の少年の友情、寄宿学校生活での苦難と喜び、他校の生徒との決闘、信頼できる大人との出会い、そして降り積もる雪、演じられる劇中劇、家族と過ごすクリスマスの甘美さ・・・まったく、トピックを抜き出しただけでも、この『飛ぶ教室』が最高に素敵な物語である事がバレバレだろう!そして、細部もどこまでも素敵なのだ。全てに言及していたら、限がないので、”正義さん”と“”禁煙さん“というキャラクターの素晴らしさについてだけ記しておきたい。とりわけ”禁煙さん”の魅力ときたら。その魅力を語るには、何故彼がそんな名前で呼ばれているかが書かれたセンテンスを抜き出せば、おわかり頂けるに違いない。

禁煙さんーみんなはその人をそう呼んでいた。ほんとうの名前はまったくわからない。たばこをすわないから禁煙さんなのではない。むしろ、すいすぎるほどすう。<中略>なぜみんながこの人を禁煙さんと呼ぶかというと、この人は、市民農園の自分が借りている区画に、お役ごめんになった客車をおいて、夏も冬もそこに住んでいるからだ。客車は、二等の禁煙車だった。

わお!「笑わないから スマイル」(Ⓒ松本大洋『ピンポン』)以上に素敵じゃないか。この世捨て人の”禁煙さん”が子ども達の立場に寄り沿って、本当に素敵なアドバイスを繰り出すのだ。



この”禁煙さん”や”正義さん”をはじめとして、かつて子どもだった大人が印象的に物語に配置されている。時間はどうしたって流れ、少年時代は失われる。”まえがき”の序文を借りるのであれば、仔牛はおおむね雄牛になる。それは抗えない、降参だ。大事なのは、「子どものころのことを、けっして忘れずに大人になる」という事。少年達が演じる劇中劇『飛ぶ教室』における聖ペテロの台詞で締めたい。

過ぎ去りしもの、いまだそのあとをとどめ、
道はその足あとをとどめる
引き裂かれたものは、しるされて残る
さあ、歩みいでよ


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Enjoy Music Club 『よろしくね』

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Enjoy Music Clubが昨年リリースしたデビューアルバム『FOREVER』はすでにチェックして頂いている事かと思いますが、あのアルバムのトレイ下にボーナストラックをDLできるアドレスとコードが記載されているのをご存じでしたでしょうか。私は知りませんでした。リリースからもう半年もたっているというのに!そのあまりの気づかれなさに、EMC側もしびれをきらし、ついに一般公開されたその幻の楽曲「よろしくね」が↑の動画。この素晴らしさときたらどうだろう。「申し訳ありませんでした!」と叫びながら、慌ててトレイをこじ開け、DLする次第です(i-tunes等に落とすと、自動でアルバムの13曲目に収まる仕様。そのさりげない気遣いが最高だ)。リリックの内容は、結成からアルバム制作期を振り返る、『まんが道』ならぬ、汗と涙の「EMCのラップ道」である。

週末 たまに 集まって
ラップ 作った ここ3年
「なんかしよう」ってはじまった
素人だけで 見切り発車
向いてる 向いてない は二の次 三の次
冗談半分 で書く乱文
やらないよりか マシな3分
キック!スネア!乗せるラップ!

素晴らしい。暇を持て余した若者の「なんかしよう」というノリで始まったラップごっこが、これほどの強度を合わせ持ったポップソングとて実を結び、果てにはさまぁ~ずの番組のエンディングテーマとして茶の間に流れてしまう。

なんかやってりゃ なんかあるぽい

まさにポップカルチャードリーム。夢のような話ではあるけども、この緩さどこまでも等身大。聞く者全てが「とにかく”なんか”を始めよう」と心に熱いものを灯すに違いないのです。



さて、この「よろしくね」ですが、公式アカウントがTwitterでつぶやいた

EMCなりのSMAPテイスト若者たちです

という言葉に偽りなし。J-POPの黄金期、と断言してしまいたい90年代前半を彩ったSMAPの楽曲、あの思わず目を伏せてしまうような眩しさが見事にトレースされております。あの節回しとコード感。これを聞いて「うお、SMAP(涙)」となる人だけが友達なのだ。「若者たち」と言えば、ザ・ブロード・サイド・フォーGOING STEADYもありますが、やはりサニーデイ・サービスだろう。「若者たち」の

ぼくらはと言えば遠くを眺めていた
陽だまりに座り 若さをもてあそび ずっと泣いていた

もしくは「青春狂走曲」の

こっちはこうさ どうにもならんよ 
今んとこはまぁ そんな感じなんだ

といったラインは、寸分の狂いもなく若者の気分を捉えているように思えるが、EMCは大胆にもこう書き換える。

僕らと言えば 相も変わらず
コンビニ行って テレビ見てるよ
新しい曲も作るよ そのうちね
あの娘と言えば SNSも更新しなくて
何やってんだろう?
新しい曲が出来たら よろしくね

これぞ、インターネット以降の若者の気分なのでは。現代においてSNSとコンビニとテレビが出てこない青春ソングなんて全部ウソなんじゃ。「そのうちね」「よろしくね」なんて言い続けている内に、歳を重ねてしまう人もいるだろう(話私とか)。でも、「ENJOY 音楽は鳴り続ける」*1なのだ。



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*1:うれしいこと(?)にnobodyknows+はまだ活動を続けているらしい