青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

ayU tokiO『恋する団地』


ayU tokiOとは何者なのか、という所からはじめよう。音楽前夜社の誇ったマジカルポップユニットMAHOΩでメインソングライターとギター(結成初期にはドラム)を務め、昨年3rdアルバム『回転体』を献上したthe chef cooks meにも一時期所属。柴田聡子の『海へ行こうかEP』では録音エンジニアも務めている。更にはギター修理・改造の職人としても密かに名を馳せる猪爪東風。そんな多彩な顔を持つ男のソロユニットだ。2012年、13年に『New Teleportation』『New Teleportation2』という2本のベッドルームアノラックの傑作カセットを発表。その後、ライブで少しずつ披露されていった珠玉の日本語楽曲をまとめたミニアルバムがこの『恋する団地』だ。『New Teleportation2』でもその片鱗を垣間見る事ができた、管弦楽器のアンサンブルが本作でもいかんなく発揮されている。そのスコアアレンジ力の妙は、吉田ヨウヘイgroupやROTH BART BARONらを擁する東京インディーズシーンの一角を担うにふさわしい。しかし、当然のようにこの3組の音楽性はそれぞれに異なり、ayU tokiOが志向するのは「ポップソング」である。ポップソングとストリングスと聞いてイメージされる、凡百のJ-POPにかぶせられた大袈裟に泣かせにかかるアレンジとは一線を画す。時にはTHE BEATLESのサイケデリアを醸し出しながら、楽曲の空間にシームレスに溶け込む、呼吸のようなその音色に、耳をすませたい。録音エンジニアを勤めた経験もある面目躍如と言った所かインディーポップと呼んでしまうのを躊躇ってしまう、柔らかくもリッチな質感の録音。インディーミュージシャンがライブアンセムを音源化する際にありがちな「これじゃないんだよー」感が全くない。リズム隊はグルーヴィーにうねり、練られた言葉は音楽的に跳ね、リズム的にアッパーな楽曲はないのだが、瑞々しく躍動した印象を覚える。


サウンドにはA&Mなどのソフトロックの意匠を感じる。ayU tokiOが参照としているのは、松田聖子をはじめとする80年代のアイドル歌謡である。この国のポップソングがまだ歌謡曲と呼ばれていた頃、それらは、強力なメロディーと豪華絢爛なサウンド、そしてロマンティックな詩情を持ち合わせ、魔法のような求心力を放っていた。その感触を、ayU tokiOは現代に蘇らせる。では、何故「アイドル歌謡」なのか。それは彼の音楽に「a girl like youきみになりたい」の精神が根付いてるかではない、と推測される。その管弦アレンジ、跳ねるリズム、か細いボーカル、薄顔と痩駆のラインも相まって、小沢健二の、つまり「王子様」の系譜に彼を置きたい欲望に駆られていたのだが、違う。彼は「女の子」なのだ。今作に収められた楽曲は「恋する団地」を除いて、「米農家の娘」というタイトルを挙げるまでもなく、全ての楽曲が女性、それも”恋する”女性を主人公としている。ayU tokiOの楽曲は(MAHOΩが女性ボーカリスユニットであったことに起因するのかもしれないが)、彼の声の一番出しやすいキーより上に設定されている。そのハイトーンがどうにも胸を掻きむしるの。音楽の中で女の子として跳ねる。何も猪爪東風が性倒錯者と言いたいわけではない。「女の子」という永遠に掴む事のできない存在への憧れを、埋めがたい何かを、ポップソングという形で消化しているように思うのだ。これがayU tokiOのポップミュージックの求心力の秘密ではないだろうか。もう1人の日本が誇る現代のポップマエストロ澤部渡が、触れる事は決してできない「スカート」という女性の象徴をアーティスト名に置いているという事実も興味深い。更に彼は自身のTwitterアカウント名を「澤部わたる子」としているのだから、筋金入りだ。スカートのMV「スウィッチ」(ファンが自主制作)はそんな澤部渉の「きみ(少女)になりたい」欲望が見事に具現化した傑作なので必見。


話が逸れてしまった。ayU tokiOの音楽では、バート・バカラックとロジャー・ニコル、呉田軽穂筒美京平が手を取り合って、インディーポップの感性で鳴らされ、更には「女の子」への憧れが、完璧なポップミュージックと同調している。そんなものを愛すな、というほうが無理な話である。まぁ、とにかく聞いてみて欲しい。リード曲「恋する団地」だ。

何たるメロディーの充実!誰もが耳奪われるだろう肯定による全能感に溢れた重要ライン

21世紀の世界はこんなにも素敵さ

のあのメロディーがこの5分半の楽曲でたった一度しか登場しない事実に驚く。それほどに細部に豊かなメロディーが満ちているのだ。実際、もはやプログレッシブと呼んでいいほどに、密度の高いメロディー群。それでいて、圧倒的にキャッチーな楽曲群のこの筆致をどう賞賛すればいいものか。更にayU tokiOは作詞者としてもとてもつもない才能を持っている。「恋する団地」の全ての歌詞を書き起こしてしまう暴挙を許して頂きたい。

秘密の中へ ボクも一緒について行っても良いかな
転がる石ころのようにありがちさ
恋する魔法 コーラスはハロー 優しい涙 隠さないで
照れずにハーモニー 響かせて 夏の雲の上


思い出しているの 黄色いイチョウの葉に書いたラブレター
とても好きだよと 言えずに終わってしまった
君が見てた 見てた 少し先の未来がブルーに見えたから
とても不安さ 宝物は壊れやすいものだから


21世紀の世界はこんなに素敵さ
赤いポストに打ち明けた桃色の微熱
二つ先の未来まで 手紙は届くよ
ボクから君に 恋する300m


この町の中で いつも恋について話そう
道草なしの人生などないのさ
どうするハニー 公園のハト 仲良く並んで歩いているよ
このままずっと こうしてずっと 並んで歩いているよ


もし君のハートを揺らす何かが
この四角い街の外にしかないと知っているのなら


秘密の中で 君の鼻歌が聞こえた気がしたよ
秋の空がさよならと言った 季節はもう冬
光のブーケ 照らす町並み 丘の上しゃがんで泣いているの
照れずにハーモニー 響かせて 四季の香り


この町の中で いつも恋するユーモア一人飲み干して
道を歩く時間ならあるのさ
どうするハニー 公園のハト 仲良く飛んで行くよ
濃紺に溶けた 影が二つ 恋に染まっているよ


この町の温度は ずっと前から変わりないよ

さりげない韻の踏み方や拍の外し方も心地よくメロディーを際立たせている。そして、「黄色い」イチョウの葉、「ブルー」の景色、「赤い」ポスト、「桃色」の微熱、「濃紺」に溶けた影、と見事な色彩感覚で、この国に「四季」という美しい時間の流れがある事を紡ぎ出すこのペンの冴え。手紙やハトに「未来」を託し、圧倒的な肯定感で、いささか閉鎖的なあの四角い街を肯定してみせる美しさ。「本当の事」を追い求める「air check」だとか「米農家の娘だから」のブルーの詩情だとか言及した事は尽きないが、キリがないので締めます。ここまで興奮してレコメンドするのも久しぶりの『恋する団地』

恋する団地

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