青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

野木亜紀子『アンナチュラル』1話

f:id:hiko1985:20180115173039j:plain
うおー。思わず声が出てしまうほどにおもしろいではありませんか。脚本、役者、演出、編集、劇伴、衣装・・・あらゆる要素が90点越えを叩き出す超優等生の登場である。脚本は野木亜紀子。『空飛ぶ広報室』(2013)、『重版出来!』(2016)、『逃げるは恥だが役に立つ』(2016)などで高い評価を得た、原作もののスペシャリストがついにオリジナル脚本でテレビドラマを手掛けるということで、期待値は高かったのですが、その予想の遥か上をいく完成度。ここ20年のテレビドラマの軌跡と叡智の結晶というような感触を覚える。そう考えると、”遺体解剖”という作品のモチーフはあまりにもはまっている。野木亜紀子は相当のテレビドラマフリークであると聞く。

テレビドラマの過去のアーカイブス(≒死体)を暴き出し、「このドラマは何故おもしろいのだろう?」というのを徹底的に究明し、未来へと繋げた成果が、この『アンナチュラル』なのである。以下、少しネタバレしますので、未見の方は、民放公式テレビポータル「TVerティーバー)」へ急げ!!



ドラマがどう始まっていくかにはできる限り目をこらしたい。そこにはその作品が何を大切にしていくかが、さりげなく宣言されているような気がするからだ。『アンナチュラル』のはじまりは、三澄ミコト(石原さとみ)と東海林夕子(市川実日子)の女2人の軽快でウィットに富んだおしゃべりから、話題は異性間交流会a.k.a.合コンについてだ。そして、朝から完食される天丼。すなわち重要なのは、おしゃべりすること、恋をすること、食べること。解剖医という濃密なまでに”死”と隣り合わせの職業を描きながらも、どこまでも”生きるということ”を瑞々しく志向したドラマに違いないのである。不穏さのすぐ裏側で展開されるからこそ、それらは”きらきらひかる*1。そして、

ミコト:名前?
夕子:そう、問題は名前

という冒頭の会話は、「名前のない毒」という1話のテーマに広がっていくとともに、「ミコトが養子であり、雨宮ミコトから三澄ミコトに名付けられ直した」という事実への伏線としても機能している点も見逃せない。また、中盤の居酒屋のシーンでは「早口言葉みたいな名前だな ミスミミコト」という会話が六郎(窪田正孝)と末次(池田鉄洋)の間で交わされていて、”名前”というモチーフが丁寧に幾重にも織り込まれていることがわかる。


というように、とにかくテクニカルなのだ。前述のロッカー室での他愛のないお喋りでもって、主要キャラクターの人となりを早々に視聴者に伝えきってしまい、出勤ボードを使った演出で役名や役職を補完。惚れ惚れとする手際の良さ。井浦新(「解体新書」読んでるの最高)、窪田正孝(バイク最高)、市川実日子(笑い方最高)、松重豊(丸眼鏡最高)、飯尾和樹(ずん)・・・と好感度の高すぎるキャスティングは、見事な実存と愛おしさを湛えたキャラクターとして実を結んでいる。そんな中で主演を張る石原さとみも負けていない。できること/できないことをしっかりと見極めたのだろうか、女優としてはやや野暮ったい印象があったが、いつの間にか非常に洗練された役者へと成長を遂げている。


筋運びも見事としか言いようがない。視聴者に何度も着地点を予測させておきながら、着陸寸前で急上昇、それを何度も繰り返し、スケール感を拡大していくアクロバティック飛行。とにかくスピーディーかつドライブ感に満ちている。それでいて、

ミコト:中堂さんの解剖実績3000件と私の実績を合わせれば
    4500件もの知識になります
    協力すれば無敵だと思いませんか?
中堂:無敵・・・敵は何だ?
ミコト:不条理な死

というように、堂々と”不条理”との戦いを宣言し、この先も通底していくであろうフィーリングを見事にととのえてさえいる。「何でおいしいんだろう・・・こんな時に」というアンパンを巡る挿話は、ちょっと狙い過ぎな気がしないでもないのだけども、『カルテット』(2017)の「泣きながらご飯を食べたことがある人は生きていけます」という台詞を引き受けたかのようなテレビドラマファンへのサービス精神は心憎い。また、石原さとみのまさに”パクパク”というオノマトペがふさわしい頬ばり方で全てはオッケーになってしまう。個人的には、上記のアンパンのくだりよりも

六郎:馬場さんって人おかしいですよ
   恋人死んだのに淡々としちゃって
ミコト:淡々とした人なんじゃない?

というさりげないパートがとても気にいっている。愛する人を失ったならば、誰もが大袈裟に泣き叫び、落ち込み果てなくてはいけないなんて決まりはない。その落ち込み方が愛の深さを図るわけでもない。毅然とした態度で働くもいい。漫画を読んで笑ったっていい。ディズニーランドに遊びに行ったっていいだろう。平然とした態度の裏にだって、哀しみや愛は宿る。この世界には色んな人がいる、いていいのだ。こういった筆致はまさに『逃げるは恥だが役に立つ』という金字塔を打ち立てた野木亜紀子の面目躍如なのである。

*1:深津絵里が主演した『きらきらひかる』(1998)というドラマが同じく解剖を行う監察医を主人公に据えたガールズトークドラマであった