青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

野木亜紀子『アンナチュラル』3話

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3話についてしっかり書く余裕がないまま、4話の放送日になってしまった。無念。今回は軽いテイストでご勘弁頂きたい。3話は裁判所を舞台とした法廷ものであった。演出は塚原あゆ子から竹村謙太郎にバトンタッチ。編集のスピード感はグッと抑えられ、室内撮影が中心。やや地味な印象になりそうなものだが、それでも抜群におもしろいのは、各キャラクターの実存が視聴者に浸透しているからだろう。気の弱そうな坂本さん(飯尾和樹)が中堂(井浦新)をパワハラで訴訟なんていう展開には思わず声を出して笑ってしまった。正味5分も登場していない坂本さんのこの行動に「意外」と思えるというのは、それほどキャラクターを効率よく書き込めているということなのだ。「逃げるは恥だが役に立つ」を地でいくクレバーなミコト(石原さとみ)も最高だが、3話は何と言っても煩悩の数ほどのクソの語彙力を持つ男・中堂、中堂系に尽きます。ミコトに「感じ悪いですよ」と指摘されて、動揺してしまうなんていう描写がいちいち憎い。自覚のないのかよ、感じ悪いと思われるのには傷つくのかよ、と萌えてしまうこと必至。なぜか久部くん(窪田正孝)には、わりと感じがいいとこも好きです。クリーンな印象が好まれるであろう弁護側証人に喪服姿(と言うより『美味しんぼ』の山岡さんルック)で登場するという社会の規範への囚われなさ。誰彼区別せずに振り撒く悪意。そして、何やら深刻めいた隠された過去。男も女も目がハートになってしまうダークヒーローの誕生なのである。


ミソジニーパワハラ年功序列社会、雇用問題・・・実に現代的なテーマが散りばめられている。そこでぶつかり合う、男/女、正社員/非正規雇用者、ベテラン/新米といったあらゆる二項対立が登場する。法廷でもまた、右利きか/左利きか、ステンレスか/セラミックか、というような問答が繰り返されるわけだが、その”揺れ”がステレオタイプな対立構造を徐々に無化させていく。ミソジニーなんて題材はドラマメイクにおいては山場と爽快感を作りやすい甘い蜜のような存在だが、野木亜紀子はそこに甘んじない。迫害される側と思われた女にもまた男を精神的に追い詰めるような台詞をあてがい、と思えば追い詰められた気弱な男に女性軽視発言を吐かせる。視聴者に安易な共感を与えない。


検察側証人であったミコトは弁護側証人に一転し、殺害を自供していた陽一(温水洋一)はとたんに無罪を主張(と思えば、再び罪を認めようとする)、ムーミン好きの温厚な坂本は賠償金目当てで訴訟するし、訴訟されていた中堂が証人として法廷に登場したりもする(白衣から喪服へ)。「白いものをも黒くする」という異名を持つ烏田(吹越満*1)ではないが、そんな風にして人は簡単にひっくり返る、それこそオセロのように。性別や見てくれ、職業や役職といった表面上のものに囚われてはいけない。信頼するに足り得る真実めいたものは肉体のずっと奥のほうにあるのだ。

I have a dream
いつかあらゆる差別のない世界を
諦めないことが肝心です

というキング牧師をトレースした所長(松重豊)の宣言こそが、もはや”隠れテーマ”でもない最大のメッセージだが、実はその直前に中堂もまた同じ意味のことを言ってのけている。

人間なんて切り開いて皮を剥げばただの肉の塊だ
死ねばわかる

皮を剥げば、男も女もLGBTもない、みんな同じ肉の塊。乱暴ではあるが、その視点は真理を突いているように思うのだ。

*1:『問題のあるレストン』に続いてミソジニーの権化がなぜかはまる吹越さん