青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

岡田恵和『ど根性ガエル』3話

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ひろしは記憶喪失者なのか。回のラストで見せる決意が、翌週には必ずリセットされてしまう。毎話ごとに、朝食のシーンで母ちゃんとピョン吉に諭されている。ダメな男なのである。やっと働いたと思えば、すぐ辞めようとするし、せっかくみんなの開いてくれたお祝いの席でも理不尽に暴れて台無しにしてしまう。完全に『男はつらいよ』の寅次郎。そうなってくると、ゴリライモが社長になっているのも、彼はひろし(=寅次郎)にとってのタコ社長だからなのかも。ちなみに現在手に入る原作コミックスの1巻は「男はつらいよの巻」と名付けられている。しかし、いくらなんでも現代の物語の主人公としてはなかなかのダメっぷりである。視聴者離れの要因とも言われているようだ。しかし、決意の炎が3日ともたず萎んでいくだとか、ついに強情を張って思ってもない行動をとってしまうなんていう経験に心あたりがないという人の方が少ないであろうし、“人間の業”を描いているのだ、と好意的に捉えたい。


ひろしにしても寅次郎にしても、現代であれば「ADHD」の一言で片づけられてしまうわけですが、それではつまらない。何か違った形でひろしという人間に光を当ててみたい。ひろしは宵越しの金はもたない。「雨が降るぞ」と確かな筋(カエル)から忠告されても傘は持たない。次の日早起きして会社に行かないといけないならば、夜中の内から忍びこんでおこうと考える。明確な目標がないと、何かを続ける事もままならないようだ。この変てこさは、彼が”明日”というものを信頼してない事に起因するのではないだろうか。そして、そこにはおそらく彼の父の”死”が大きく横たわっていると推測される。人は突然居なくなる、という事を幼い頃に痛感してしまった事は、ひろしの人生観に大きく関わっているに違いない。で、あるから彼は、夢を尋ねられるとこう答える。

このまんま平穏無事に生きて行くこと。母ちゃんとピョン吉といつまでもよ。

“夢”というのはある種、叶わないであろう事だ。やはり、ひろしにとって”明日”は不確かなものなのだ。警察の取り調べの際、”昨日”の事については必要以上に詳細に語り出すのも印象的だ。そんな彼がパン工場で働き始める。河野英裕プロデュース作品というと、木皿泉とイコールで結ばれてしまうわけだけども、木皿作品においてパンとは「明日の匂い」なのだ。
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という小説まである。つまり、ひろしは信頼できなかった”明日“の匂いを作り始めようとしている。毎話、毎話、記憶を失いながらも。


3話は以上のような、物語を動かす引力のようなものを、意識していないと、非常にちぐはぐで観づらい回になっていたのは否めない。しかし、ピョン吉がひろしと一緒に働ける事を「おいら楽しい。楽しい時でも涙って出るんだな」なんてこぼすシーン(満島ひかりの声よ!)は涙腺崩壊ものだし、息子からの初任給でのプレゼントを喜ぶ薬師丸ひろ子の演技も素晴らしく、充実の回と言えなくもない。あの演技をしながら、何気なくプレゼントの包み紙を丁寧に伸ばす所作は脚本に書かれているのか、演出なのか、薬師丸ひろ子のアドリブなのか。いずれにせよ、素晴らしいシーン。今の所、京子ちゃんのおばあちゃんの必要性が疑問なのは難か。白石加代子を使いこなせていない。4話では柄本時生がモグラ役として登場するよう。『Q10』同窓会という感じで残りのブス会メンバーのゲスト出演にも期待したいでやんす。