青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

山川直人『夜の太鼓』『道草日和』

夜に鳴り響く太鼓。それは常識や規範の枠の中では眉をひそめられてしまう音だろう。しかし、そういった音色でしか癒す事のできない想いはある。山川直人という作家は、一貫して枠組みからはみ出し、”生き辛さ”を抱えた人々、その小さくか細い声を、集めて漫画に記している。その温もり溢れるタッチや『コーヒーもう一杯』のヒットなどから、「癒し系漫画」「趣味漫画」のような印象を持っている人も少なからずいると思うのだけど、山川直人が描いているのは、山下達郎が言う所の"都市生活者の孤独"だ。彼の作品を読んでいると、”夜に忍びこむ”とはこういう事か、と心得る。『夜の太鼓』における山川直人の筆致は、芥川龍之介を漫画家に置き換え、その一生を描いた意欲作『澄江堂主人』
澄江堂主人 前篇 (ビームコミックス)

澄江堂主人 前篇 (ビームコミックス)

を経て、その”夜に忍びこむ”風合いが更に深まったように思う。独特の余韻と余白を残し、救済するでもなく、突き放すでもなく、紡ぎ出す。表題作では「画を書いたり、音楽やったり」して暮らす生活が、夜の太鼓の音色と共にリリカルに”夢”として立ち上がる幻想的な1本。山川ワールドの真骨頂。古典小説メルヴィルの『バートルビー
バートルビー/ベニト・セレノ

バートルビー/ベニト・セレノ

の漫画化も素晴らしい。山川直人がカバーするに格好の素材で、抜群の相性だ。社会性への物悲しき抵抗。配達不能郵便という言葉に胸が締め付けられる。そして、なんと言っても『エスパー修行』だろう。”現代”が見事にトレースされたSF(少し不思議)作品。なんと、エスパーを目指す少女の名は「佐倉」である(念のため『エスパー魔美』の主人公の苗字です)。25年建っても何故か続いている凸凹建設の工事、継承、不思議なループ。そして、そのループは冒頭、少女に巻かれるマフラーのイメージに重ねられる。



続いて『道草日和』はこれぞ山川直人、というような”街”の物語だ。市井で暮らす匿名の人々が、石造りの陸橋が緩やかに繋げ、円を作る。

この街のどこかに僕を待っている人がいる。私を待っている出会いがある。

まさに、な名コピーだろう。そして、何より感動的なのは今作における短編の数々が、これまでの山川作品のモチーフを反復している点だろう。喫茶店、流転荘、ニャン太などは勿論、「コインランドリー」は『口笛小曲集』

口笛小曲集 (ビームコミックス)

口笛小曲集 (ビームコミックス)

の名作「金曜日」であろうし、「カメラの娘」は「モノクローム」のあの彼女ではないだろうか。また、「卓袱台のある部屋」はあの初期の傑作『シアワセ行進曲』だろう。
シアワセ行進曲 (BEAM COMIX)

シアワセ行進曲 (BEAM COMIX)

つまり、『道草日和』は山川直人のセルフリミックスアルバムなのだ。山川直人ファン必読の1冊だ。