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大森靖子『洗脳』

洗脳

洗脳

カーネーションの直枝政弘やソウルフラワーユニオンの奥野真哉のプロデュースや、二大売れっ子リズム隊と言っても過言ではない伊藤大地と伊賀航、玉田豊夢山口寛雄など、耳馴染みのいいミュージシャンの参加も手伝ってか、ついに彼女のソングライティングの才能に気づく事ができた1枚となりました。


MVも制作された「絶対絶望絶好調」「イミテーションガール」「きゅるきゅる」「ノスタルジックJ-POP」4曲が冒頭に続けて配置されていて、そのクオリティ(メロディーの躍動!)とバリエーションに「べ、ベスト盤!?」という感触を覚えるのだけども、それは遠からずで、この大森靖子の『洗脳』は一時期はやったヒット曲を集めたJ-POPコンピレーションアルバムを1人でやりきったようなアルバムなのだ。大森靖子の「J-POP」は非常に広義だ。小室哲弥、浜崎あゆみ、SPEED、ユーロビートといった“90年代”、椎名林檎相対性理論といった“J-ROCK”、J-PUNK、J-RAP、歌謡曲からアイドルソング(ヒャダイン的なモードチェンジ)、銀杏BOYZもいるかもしれない。それらの記号性を見事に拾い上げ、「ノスタルジックJ-POP」と舌を出すように換骨奪胎する事に成功している。(であるからして、同名曲のサビ前の「ガガッガガッ」もおそらく「Creep」ではなくて、くるりの「東京」なのかもしれない。こういう”ツッコミしろ”の残し方がまた上手い。)1番凄いのは、引用に説得力をもたらす楽曲とアレンジの良さだろう。"黄金律”を嗅ぎつける勘がズバ抜けていて、ほぼ全てのメロディーがフックになって襲いかかってくるようだ。1番のお気に入り"ポンキッキメロディ"と呼んでさしつかえない黄金律を直枝政弘がモータウンロックンロールに仕上げた「子供じゃないもん17」でしょうか。隠し味は斎藤和義とプリンセスプリンセスか。


そして、何と言っても歌詞がいい。

愛してるなんてつまんないラブレターマジやめてね?世界はもっと面白いはずでしょ?

という冒頭の宣言通り、バリエーションをこらした「愛してる」の表現で、世界の複雑さ、そしてそれ故の切なさと豊かさを暴いていく。

ややこしいことがほんとは好きでしょ
ややこしい私ほんとは好きでしょ?


「子供じゃないもん17」

音としての面白さや、フレーズへのイメージの託し方も秀逸。「ハム速みてるおっさん」も「ここは多機能トイレです」も「ニンニクのラーメン食べちゃお」「スイカのチャージは1000円だけでいいから」も「マジ暇だからツタヤでゲオして宇宙のSE考えちゃう」も「平凡なRTじゃつまんない」も「買いだめの流行りのエコポテチ」もやばいが、個人的にやられてしまったのは

あーあ、ラタトゥヤ ラタトゥヤが食べたい
あーあ、ラタトゥイユ? ラタトゥイユ?なんて知らない


「きすみぃきるみぃ」

でしょうか。音と一緒に聞かないと伝わらないかもしれないのですが。でも「ラタトゥイユ」という単語チョイス、そしてあの料理にメロディーをつけるなら、「これしかない!」というのがあって興奮するのです。しかし、やはり1番の衝撃はアルバムのリードボイスともなっていた

君が通ってきた全部の自動ドアは、私がぜーんぶ手動で開けてたんだよ。

だろう。現代的に訳された大島弓子と言いますか。絶対的な肯定感に視覚化できるイメージを与えてしまう才能。私が年頃の女の子だったら、手帳の最初のページにこの言葉を記して、手帳を変える度にまた書き映して、こじらせまくっていたに違いない、それくらい強度のあるフレージングだ。世界はもっと面白いのかもしれない。