GOMES THE HITMAN『weekend』
GOMES THE HITMANというバンドを誤解していた。スピッツやミスチルになり損ねた数多のJ-POPバンドの1つ、そんなイメージを聞かずに作り上げていた(それでいて、バンド名は青春パンクかハードコアみたいだし)。はなはだしい誤解、大いなる損失である。GOMES THE HITMANは珠玉のポップスメイカーだったのである。今回取り上げる、彼らのメジャー1stアルバム『weekend』には革新的な音像やリズムはない。しかし、シャムキャッツ『AFTER HOURS』、Real Estate『Atlas』という2枚のネオアコを再解釈した名盤がリリースされた2014年においてあまりにジャストなサウンドと言える。そして、何と言っても、ピカピカに輝いた普遍的なメロディーと言葉がGOMES THE HITMANの音楽にはある。サウンド(ネオアコ)といい、ジャケットワーク(海へ行くつもりじゃなかった!) といい、歌唱(小山田歌唱!)といい、まず誰もが想起するのはフリッパーズギターだろう。
Three Cheers for our side ~海へ行くつもりじゃなかった
- アーティスト: Flipper's Guitar,小沢健二
- 出版社/メーカー: ポリスター
- 発売日: 1993/09/01
- メディア: CD
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ギターカッティングと跳ねる鍵盤の音色が牽引するアルバムきってのキラーダンスチューン「雨の夜と月の光」を聞いてみて欲しい。
洗い流すんだろう 無意識の罪を
都会に暮らす僕らの耐え難き饒舌を
笑い飛ばすだろう 土砂降りの夜を
熱く息をするほど遠ざかる明星を
雨は名ばかりの月の雫だから
明日の朝に街を照らすだろう
「これはもう私の青春そのもの!」というような共感が、高い文学性でもって表現されているではありませんか。そう、山田稔明の書く歌詞がとてもいいのだ。文学的教養を確かに匂わせながら、所作や風景の描写の中に感情を閉じ込める。あぁ、学生時代にこのアルバムに出会っていたらな、と思う。ガソリンとクーラーと煙草の匂い、ファミレスでのおしゃべりやあてどのない真夜中のサイクリング、そんな全てがこのアルバムと共に記憶されたことだろう。ここには、君や僕のあの永遠に色あせない騒がしき”夏休み”、そのいくつかのシーンが瑞々しく切り取られ保存されているのだ。
僕はなにひとつ忘れないでいたい
「長期休暇の夜」
「本当はわかってる ニ度と戻れない美しい日にいると」なんて歌われるナンバーを聞きながら、そのモラトリアムの終わりに気付かないふりをしながらはしゃいでいた私たち。山田稔明もまたこう書いている。
あぁもう二度とかえれない瞬間を
目をこらしては思い出に焼き付けて
ただひとつだけ残るのは今日の日が
晴れだってこと
「週末の太陽」
このリリックを読んで、はたと膝を打つ。
唐突だけど 静かに
皆で過ごすクリスマスは これが最後なのだと感じた…
そして僕はまばたきをくり返す
まるでシャッターを切るように
心のどこかに焼き付けばいいと
そんなコトを考えながら何回も
甘いケーキの匂いとみんなの笑い声の中で
この恥ずかしくポエミーなラインは羽海野チカ『ハチミツとクローバー』からの抜粋である。言うならばこの『weekend』は『ハチミツとクローバー』の完璧なまでのサウンドトラックなのだ。歌詞カードの序文を読んでみよう。
金曜の夜はようやくやってきて
たまった疲れのわりに僕らは陽気だね
50時間の週末を照らす太陽と月に
夢中で手を伸ばすように
猫が背中を伸ばすように
いつまでもこのままでいたいと思う
日曜の夜はそれでもやってきて
変わらず時間を進めていくんだね
社会人になってからの週末の街の光が、青春時代の輝きと同化する。日曜の夜があっという間に訪れるように、青春もまた音もなく過ぎ去っていく。ミクロな終わり、マクロな終わり。別れを繰り返していく中で、積もっていく喜びを掻き集めながら、私たちはどうにか進んでいく。GOMES THE HITMANのインディーズ時代のアルバムに「僕はネオアコで人生を語る」という凄まじいタイトルの楽曲が収録されているのだけど、なるほど。熱く叫ばずとも、ギターを歪ませなくても、”本当のこと”は伝えられるのだな、と『weekend』を聞きながら思うのでした。