青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

奥田亜紀子『ぷらせぼくらぶ』

ぷらせぼくらぶ (IKKI COMIX)

ぷらせぼくらぶ (IKKI COMIX)

IKKI新人賞」の受賞作品を元に短期集中連載された短編集をまとめた待望の単行本であります。大橋裕之の『シティライツ』
シティライツ(3) <完> (モーニング KC)

シティライツ(3) <完> (モーニング KC)

などで発揮された光のトーンワークの魔法がそのまま作品性に昇華されたような感触がある。その光が照らすのは思春期の闇だ。映画『桐島、部活やめるってよ』のヒットによりメジャーになった「スクールカースト」という恐ろしい言葉。「一軍と二軍」だとか「あっち側とこっち側」だとか線引きされてしまう、いや同時に、線引きをしてしまう自分の心の醜さ。周りの成長に付いていけない恐怖や「普通」にすらなれない劣等感、といった感情が繊細に描写されている。しかし、描かれるヒリヒリに比べて読む感触はファニーだ。ひとえに岡ちゃん(あだ名は毒まんじゅう)なる2.5等身の主人公のキャラクターの魅力に他ならないだろう。捻くれ曲がりながらも優しく、醜さも可愛さも兼ね備える複雑な岡ちゃんの見る世界には嘘がなく、情けないほどにリアルだ。きっと彼女は奥田亜紀子自身の投影なのだろう、と思う。新たな思春期世界の書き手の登場である。しかし、この『ぷらせぼくらぶ』の素晴らしさは思春期の描写力に留まらない。若者を苦しめる「線引き」という境界が「電車」や「トイレの壁」や「カーテン」などに託され、それらがひょんな事から融解し、「あちら」と「こちら」が繋がってしまう一瞬、それを巧みな構成や言葉のセンス、光のトーンや構図の切替しで描き切る、その確かな漫画力こそが『ぷらせぼくらぶ』の魅力である。



1話にあたる「僕の望み」は元々「ぷらせぼくらぶ」のタイトルで新人賞を受賞した短編。冒頭から

自分で始まり自分で終わる岡ちゃんの恋は、クライマックス以外のバリエーションが無い

という圧倒的な掴みにときめいてしまう。人生を諦めて、脳内遊びに耽る岡ちゃんの

箱が合ったらその中で眠ってしまいたい。そしてそのままそれを宇宙の片隅の誰も知らない場所に飛ばしてほしい。

という願いと、岡ちゃんがひっそりと想いを寄せる演劇部で照明係を務める男子高校生の読む戯曲

不老不死の薬を手に入れて 宇宙の片隅の誰も知らない暗闇へ行くこと。それは僕の望みでもあった。ところがだ。いざその暗闇を手に入れてみると僕はすぐさま目を閉じて記憶の中で君を捜していたよ。あんなに大嫌いだった君をだ。君が最後に言った言葉。今、どうしょもなくそれが浮かぶんだ。今日という日を灯せないでいて。明日をどうやって照らすの?

が繋がる。2人を隔てていた(電車の)扉が開く。「願い」と「戯曲」のボーイ・ミーツ・ガールである。

「今日という日を灯せないでいて。明日をどうやって照らすの?」という今話におけるメインフレーズが、少年の照明係という役割に繋がっているのも巧い。何だか尻すぼみに終わる印象だが、あれこそ、岡ちゃんの恋の、初めてのクライマックス以外のバリエーションなのだ。



おそらく多くの人がベストに挙げるであろう「窓辺のゆうれい」が個人的にも1番好きです。15年前、かつて中学生だった女性からの視点で描かれる。15年前の思春期の心の闇を「幽霊」と表現し、印象的に揺れるカーテン。まるで黒沢清の映画のような叙景ではないか。

窓際の席に座り、カーテンに身を隠し、1人ホラー小説を書いていた主人公の中学時代。あだ名は「影絵」だ。そんな彼女に唯一話しかけてきたクラスメイトとの15年ぶりの再会。羽海野チカ3月のライオン』に

不思議だ、人はこんなにも時が過ぎた後で、全く違う方向から、嵐のように救われることがある

というとても好きなラインがあるのですが、今作で描いているのも、まさしくそんな瞬間だ。

私たちを「普通」から隔てていたカーテン。追いやられた窓側の席。しかし、視点をひっくり返す事で見えるその窓の向こうの美しい風景。視線の先には電車が走っていて、それはもしかしたら岡ちゃんと演劇高校生の乗っていたあの電車かもしれない。こういった書き込みにも救われてしまう読者は少なくないだろう。

カーテンの裏も悪くないね。とにもかくにも、昨今数多現れた高野文子チルドレンの中で、早くも奥田亜紀子はオリジナルな色を発揮し出しているようであります。これからどんどん凄い作品が生まれてきそう。マストチェックでございます。