青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

宮崎夏次系『僕は問題ありません』

僕は問題ありません (モーニング KC)

僕は問題ありません (モーニング KC)

間違いだらけでも好きだよ、と世界(キミ)は、僕に、言う。生きていく淋しさを抱えた、すべての人の心に虹をかける短編八編を収録。

という、あまり出来のよろしくないコピー文の通りの内容ではあるのだけども、読後に得られる感触はそんなありきたりのものではない。漫画の力、というのを強く感じさせてくれる作家だ。とにかく、7つの短編の内、ほぼ全ての話が暴力的に枠にはめ込まれてしまった人々を”ミーツ”させて救済させる物語。例えば、2話「朝のバス亭」は、世界との不調律ゆえに発展していった“人形遊び”という白目を向けられがちな趣味を持った男が、他者から「あなたは変じゃない、大丈夫」と肯定されるお話だ。こう単純に書き起こしてしまうと、どうにもチープなものに感じられてしまいそうでもどかしい。とりあえず読んでみるのがいいと思う。漫画というのはその敷居の低さも魅力だ。


1冊目の短編集『変身のニュース』で見せたギョッとするようなエグみはやや薄れ、ポップさを宿し始めている。そこが賛否両論なのかもしれませんが、個人的にはかなり読みやすくなっていてよいと思いました。それでいて、細部の豊かさは進化している。駅、マンション、ショッピングセンター・・・あらゆる建物は有機的かつ魅力的な空間として描かれ、大切な場面で描かれる窓やドアは必ず開け放たれ、カーテンは風に揺れている。こういう事を描ける作家を信頼しないはずがない。


少し雑な書き進め方をします。1話「線路と家」では釣り上げられ(縦)線路を登り(縦)、塔から飛び降りる(縦)。2話「朝のバス亭」では屋根裏部屋から降りて(縦)、バスに乗り込み会社に出掛ける(横)。3話「はねる」では車ではねられる(横)。4話「俺のさめはだを返せ」では高圧洗浄機で押し出し(横)、窓から飛び落ちる(縦)。5話「メゾンド生沼」では階段を登り(縦)、屋上から放水する(縦)。6話「地図から」ではジャンピング土下座して(縦)、階段から落ちて(縦)、自転車で海を目指す(横)。7、8話「肉飯屋であなたと握手」では頭を撫でられ(縦)、ゲロを吐き(縦)、雷が落ち(縦)、電車に引っ張られていく人を引き止め、そして送り出す(横)。とまぁ、やっぱり読んでない人には何のこっちゃわからない書き方になってしまって申し訳ない。つまり、私が言いたいのは、『僕は問題ありません』に収録されている全ての短編が、枠にはめ込まれてしまったが故に留まらざるをえなかった場所から、縦もしくは横の運動でもって、解放してやる話になっているという事だ。この解放の運動が、漫画の力を信頼しきった筆致でもってダイナミックに描かれている素晴らしさ。「縦」と「横」を執拗に描くだけあって、前述の通り空間への意識は非常に高く、その広がりは大胆かつ緻密だ。こういう風に一見閉じているように思える「世界」というやつが、実はあらゆる方向に奥行きを持って広がっている、そんな希望を視覚的に教えてくれる表現はとても大切なものです。

この先は知らない道  不安で後ろめたくて  少し気持ちいい


6話「地図から」より