青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

水沢めぐみ『おしゃべりな時間割』

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心が荒れた時に読み返す本というのがあって、私にとってそれはこの『おしゃべりな時間割』という作品だ。1994年に『りぼん』で掲載されていた少女漫画で、作者は『姫ちゃんのりぼん』でお馴染みの水沢めぐみ。何故か私はこれを小学生時代からずっとバイブルとして大切にし続けている。“時田くん”という初恋の人にあまりに相応しいその響きだけで飯が3杯食えるし、主人公である高橋千花の小さな勇気には強く憧れたものだ。

まずもって絵がとてつもなくかわいいのが魅力なのですが、「前編」「後編」という2冊のコミックスで完結という分量のちょうどよさも相まって、”少女漫画家”水沢めぐみのコアみたいなものがビタっと封じ込められているように思います。とは言っても、魔法少女や喋る動物が出てくるわけでもなく、刺激的でインモラルな恋愛事情も描かれてはいない。魂が揺さぶられるようなメッセージ、凝ったギミックやコマ割り、言語表現、そういったサブカルチャー界隈から評価されるような要素も一切ない。大島弓子萩尾望都のような少女漫画とは別物と考えて欲しい。そんな”ないもの尽くし”の今作が描いているのは、どこにでもあるようなエヴァーグリーンな小さな恋の物語だ。

どんな顔していいかわからないよ
時田くんの顔がまともに見れない・・・

初めてのデートで緊張のあまり、ずっと下を向いてしまう女の子と、そんな彼女を見て、「退屈をさせてしまったかな」と反省する男の子。驚かないで欲しいのだが、本当にこういったむず痒くなるような瞬間しか収められていません。読む人が読めば、壁に投げつける可能性だってあるだろう。クラス替え、席替え、体育の授業、係決め、卒業式、転校、相性占い、同窓会、文通etc・・・小中学校を舞台とした普遍的なシチュエーションで繰り広げられるドラマの数々。作者の実体験をベースとしているらしいそれらは、そこら中に転がっていそうなほどに、実に他愛なくありきたり。しかし、であるからこそ、たまらなく読む者の胸をときめかせるのだ。それらは「こんなことあったな」と貴方の心を懐かしくするかもしれないし、その思い出が想像以上に自分の胸を温めることに驚くかもしれない。最終話では、物語には描かれなかったが、主人公の友人たちにも同じような恋物語が存在したことが明かされる。

みんな
あたしの知らない
それぞれの物語を持ってる
なんだか不思議

誰もが等しくこういった小さなドラマを胸に抱えている、そう想うと、なんだか胸が一杯になってしまうではないか。水沢めぐみは小さな心の機微を、零さぬようにそっと掬い上げる。そして、その丁寧な真っすぐな線で、ささやかな瞬間を宝物に仕立てあげるのだ。