青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

岩井秀人『終電バイバイ』第二夜「秋葉原駅」


TBSの深夜ドラマ『終電バイバイ』の第二夜「秋葉原駅」が素晴らしかった。脚本はハイバイの岩井秀人。”家族”と並んで、岩井秀人の創作の核となっていると思われる、”元カノとのトラウマ”がディープな筆致で描かれている。しかし、語り口はあくまでライトにコミカル。この脚本のプロットは、岩井秀人の体験した実話をベースに構築されていて、見事なトラウマの埋葬とあいなっている。


秋葉原駅で終電を逃した主人公が、とあるお店に足を運ぶ。そこはかつての恋人と毎週のように通ったテーブルトークRPG(ゲーム機などのコンピュータを使わずに、紙や鉛筆、サイコロなどの道具を用いて、人間同士の会話とルールブックに記載されたルールに従って遊ぶ“対話型”のロールプレイングゲームWikipedia)のお店だ。久しぶりのテーブルトークRPGを楽しんでいると、驚くべきことにその元カノが来店する。主人公に回復魔法をかけてくれた親切な男が何やら元カノの今カレらしい。目の前で繰り広げられる元カノのいちゃつき。なかなかに絶望的なシチュエーションである。

ああ、僕はまったく立ち直ってないんだ。もう別れて2年くらいたつけど、こんな、胸がこんな、胸の中が焼けるというか。だいたい僕は、何でこんなところでこんなことをしているのだろか。昔の彼女の今の彼氏に命まで助けてもらって。それも、思い出の場所で。

更に、回想シーンでは、2人の破局の原因が語られるていく。仕事の悩みを真剣に聞いてアドバイスする男。しかし、女は

だから、そういう風に解決策を言うじゃない?言ってくれるでしょ?いつも。それが辛い。(他の人にも同じ相談をしているのだけど) その人はただただ面白い話をしてくれるの。全然悩みの話をするとかじゃなくって、全然関係ない面白い話とか、どうでもいい話をしてくれるの。

妙にリアル。何を隠そうこれも岩井秀人の実体験なのだ。さらーに、テーブルトークRPG中に元カノから携帯に「会えてよかった(ハート)」なんてメールが届いたりする。

このハートという記号。そもそもが確か心臓を表す記号のはずだ。ただただ、だからといって、ここでこのメールを「会えてよかった、心臓」という風に汲み取るのは、やっぱりおかしなことで。この場面でのハートの記号は、ラブという意味合いで受け取るのがいたってノーマルな考えだということに誰か異論があるのだろうか? 

岩井節炸裂である。思わず店を飛び出す主人公だが、なんやかんやあって追いかけてくる元カノ。そして、放たれる

これからどうする?

なんて女だ。朝日が昇り始めそうな秋葉原を歩いているうちに、付き合っていた当時、よく2人で話をした場所に辿り着く。しかし、女はその場所のことをまったく覚えていない様子。

結局、お互い何も知らなかったんだ。あれだけ一緒にいたのに。あれだけ一緒にいて、話したり、何かを共有したりしてたつもりだったけど、何にも。それで振られて、振られて、なんとかこの人の好きな人間になりたいとか思ったりして。一体何をしてるんだ。

という主人公の心の叫びのエモーションはハイバイの近作『霊感少女ヒドミ』に通ずる所があって、ちょっと涙腺がうるむ。

あのさあ。やっぱり俺、面白い話できないよ。ミキが仕事のことで悩んでたとき、その話を聞いて、やっぱりそれを何とかしたいって思っちゃうんだ。そんな時になるべく面白い話ができる人間になれればって、思ってたんだけど。無理だ。それに、そうなろうとも思わないんだ。帰るね。

と告げ、去ろうとするも(むちゃかっこいい!)、

え? なんの話だったの? 面白い話ができないとかって、なんの話?

と、別れの原因すら覚えていない彼女。キャラクターの役割を演じて遊ぶテーブルトークRPGというアイテムがここでも効いてくる。2人は理解などし合っておらず、ただ”彼氏”と”彼女”という役割を演じていただけなのだ。そして、今も女は”元カノ”という役を演じるのに夢中。「人と人は永遠にすれ違う」という絶望的な前提をライトなタッチで描いてくれるのが岩井秀人の持ち味だ。男はラスト、

あなたもいい加減気づきなさいよね〜

と自分の頭を叩きながら始発に乗り込みドラマは終了。より長尺なハイバイの舞台ではその前提に色々な方法で逆らってみたり、ひっくり返してみたりする。そこがまたたまらなく好きだ。このドラマで気になった方は、ぜひハイバイの演劇を観て欲しい。