- アーティスト: ザ・なつやすみバンド
- 出版社/メーカー: TNBレコード
- 発売日: 2012/06/06
- メディア: CD
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そして、忘れてはいけないのが、東京インディーミュージック界を代表する男MC.sirafuのアレンジ力がサウンド面において存分に発揮されている点だろう。スティールパン、トランペット、トロンボーン、鈴、ピアニカ、チェロ、バイオリン、ヴィオラ、スティールペダル・・・使用されている楽器をあげるだけでも、ザ・なつやすみバンドがチェンバーポップバンドとしての側面を持ち合わせている事をご理解頂けるのではないでしょうか。特にスティールパンの雄弁な響きには驚かされるだろう。どこまでも開けたポップネスを放ちながらも、耳の肥えたうるさ方のリスナーをも虜にする魔法を構築しているのがMC.sirafuだ。また、氏の功績はそこだけに留まらず、驚くべきことにこのアルバムの録音、ミックスをほぼ1人で手がけている。『TNB!』のスリリングさを紐解く最大の秘密はこの録音にもあるように思う。上記の通りの圧倒的な強度を持つポップソングに、決してソフィスティケイトされているとはいえない録音とミックスが施されている。このズレがひっかかりとなって、絶対的な個性の火が宿っている。高木潤、村野瑞希の柔らかく伸びやかなリズムもバンドメンバーだからこそ録れる温もりがある。近くで、それでいて、広く鳴るアルバム。洋楽、邦楽どころでなく、更なるクラスタ化が進むミュージックリスナーの壁をぶち壊してくれる事を期待している。
メインソングライターの中川理沙についても触れたい。彼女の詞世界に頻出するワードに「世界」というのがある。
見渡した世界の広さに つぶされて消える
「自転車」
果てのない世界にもううんざり
「お誕生日会」
たまには世界を無視して ゆっくり眠りこけよう
「波」(アルバム未収録)
自身を「物憂げな犬」や「歌わない鳥」に似ているうそぶく彼女にとって、「世界」はどこか居心地が悪い場所なのかもしれない。そして、もう1つ特徴的なのが「別離」「終わっていくこと」などのモチーフと共に移動を伴うイメージが多く描かれている点。それは逃避などではなく、「世界」の別の側面を照らし出すための旅だ。
夕暮れ入れに染まる キウイ畑も 目にやきつけて
世界が忘れそうなちっぽけなことも
ここではかがやく
「自転車」
ひとつぶの涙が 小さいな海をつくってた
泳ぎたかった魚は喜んで泳ぐ
溺れそうになったら 助けてね
「がらん」
くるくると回りだす あの子の傘とおなじいろに染まれ
ちいさな世界 ぼくらだけの秘密
「傘はいつも」
居心地の悪い世界に抗う方法を彼女は知っている。そんな中川理沙の抵抗をもう一人のソングライターMC.sirafuは
ああ 長い旅を終えて やっと君は戻って来たね
「君に添えて」
と迎える。そして、2人の共作曲では
ああ、君はさびしい夜にひとりっきりで
そう、誰もいない世界を想像してみたらね
深い 海の底でうごめいてるのは
今まで 気づけなかった生き物たち
知らない君のこともいとしいと思うのは変かな?
かなしみは 夜を越えて距離を飛び越えていくよ
しあわせは ときにちいさく涙切り裂いていくよ
「悲しみは僕をこえて」
と歌うのだ。時間、住まい、気持ち、と日々の暮らしの中でたくさんの距離が生まれてしまう。それらを縮めて、これまでのこと、これからのことを繋いで、円を描く。ザ・なつやすみバンドはその光り輝く魔法のメロディーとビートで、この居心地の悪い世界を受け入れ、そして祝福するのだ。とてもチャーミングに。
悲しい日々を いくつも越えて来れたんだね!
ご褒美はいっつも そこらぢゅうに溢れている
もっと知りたいと思うんだよ
ちょっとあきらめることもあるけど!
「お誕生日会」
大好きなバンドの最初の1枚が最高のアルバムに仕上がったことをとてもうれしく思います。少しでも気になった方はぜひ手にとってもらえたら、うれしいです。ザ・なつやすみバンドがこの国の大衆音楽を更新してくれますように。