青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

古沢良太『デート〜恋とはどんなものかしら〜 2015夏 秘湯』

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レベルが違う。『デート〜恋とはどんなものかしら〜 2015夏 秘湯』の事である。2015年初春、変人奇人にポピュラリティを吹き込む事に定評がある脚本家・古沢良太。そんな彼が杏と長谷川博己のこれ以上ないはまり役を得て、月9を舞台に誰も観た事のないラブストーリーを作り上げてしまった。そんな傑作ドラマが早くもスペシャル番組として復活したのであります。
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本編のラストで2人は、奇妙に1本だけ桜の生えた丘という「どこかのようでどこでもない場所」に辿り着いたわけだが、今回のスペシャルにおいても2人は、闇雲に進んだ果てに、あるはずのない秘湯に辿り着く。更にはそこに固有の名前をつけてしまう。「誰も観た事のないラブストーリー」にまったくをもって相応しいエンディングを2回連続で決めてのけたのだ。


無数のカルチャーへのオマージュが繰り広げられる今作。半同棲に失敗した巧が熱心に上村一夫『同棲時代』(しかも中央公論社の完全版)を熱心に読んでいたり、旅先に司馬遼太郎の『街道をゆく』を持っていこうとしたり。夏目漱石の”I love you”訳だとか竹久夢二の永遠の恋人”彦乃”といったモチーフなども好きな人にはたまらないだろう。巧の部屋のショットになると、5話で主人公2人がコスプレした009と003(石ノ森章太郎サイボーグ009』)のフィギュアが愛おしそうに寄り沿う”赤”が常にカメラの最前に配置されているのもニヤリ(更にその2体は依子の部屋にも瞬間移動してくる!)。
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しかし、その最たるオマージュ&リスペクトはやはり現代的ラブコメの創始者”高橋留美子”に向けられている。谷口巧の本棚には『らんま1/2』が鎮座しているし、藪下依子の住む部屋の向かいの表札「一之瀬」(『めぞん一刻』のアパートの住人)は必要以上にはっきりとカメラに収められる。風吹ジュン演じる、巧の母・”留美さん”はいつもとびきりにかわいいのだ。これ以上のリスペクトがあろうか。何と言っても、今回のスペシャルで最も”高橋留美子”性を発していたのは、主人公である藪下依子その人である。まるでロボットのように論理的に物事を処理してきたはずの依子。そんな彼女が婚約者である巧の浮気疑惑を前にしてどうだろう。感情をむき出しにして刃物をかざし、巧を追いかけ回している。そのコミカルでラブリーな姿は、ラム(『うる星やつら』)や音無響子(『めぞん一刻』)や天道あかね(『らんま1/2』)といった高橋留美子作品のヒロイン像にそのまま当てはまるではないか。彼女達は、フラフラと回りの女性に目移りしてしまう主人公に対して「よそ見をするのはやめてよ」と暴力的なまでに嫉妬深い。男の子の”心のすべて”が欲しい女の子達。「心がない」と言われ続けていた依子がそんな女の子の仲間入りをしたのだ。実に感動的なプロットと言える。


古沢良太の脚本、武内英樹の演出は本当に巧妙だ。例えば、依子と巧の半同棲の破棄を決定的なものとしたマジンガーZの腕。依子はそれを乱暴に扱い壊してしまったと思い込む。つまりこの腕は巧の心のメタファーとしても機能している。その壊れたはずの腕は実はロケットパンチマジンガーZの必殺技)であり、一度離れたその腕は敵に命中すれば、自動的に本体に戻ってくるのである。つまり「あらかじめ修復可能な争い」というのをマジンガーZというモチーフで描き切っているのである。画一性を重んじる几帳面な依子が、ダメでだらしない巧を受け入れていく過程を、巧が作る料理(具材の大きさのばらつき)や部屋のインテリアで表現するのも巧い。統一されたものよりバラバラのほうが、人生というのは噛みごたえがあって面白いのだ。


さて、話をラストに進めよう。2話での巧のフラッシュモブダンスプロポーズのバトンを文字通り引継ぎ、消防音楽隊と共にバトン行進を披露する依子。更には手旗信号でのプロポーズ。それを受けて、ダンスの振り付けで”心”を依子に差し出す巧。どこまでも言葉でなくアクションで、気持ちを交感し合う2人。それは”I love you”を「月が綺麗ですね」と訳した夏目漱石の”遠回り”の感性を受け継いでいるからなのかもしれない。文句なしの面白いさ。毎年!とは言わないので、坂元裕二の『最高の離婚』と1年おきにスペシャルを放送して欲しい。共に成長していきたい主人公がまた1組誕生したのだ。