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ポップカルチャーととんかつ

黒沼英之『YELLOW OCHER』


ポップシンガー黒沼英之のメジャー1stアルバム『YELLOW OCHER』がリリースされた。

YELLOW OCHER

YELLOW OCHER

これは素晴らしいアルバムだろう。日本語の響きの気持ちよさを音楽に変換する才能を持ち合わせている。久しぶりに「J-POP」から真っ向に立ち向かう男性ソロシンガーだと思う。ベーシックな部分は海外のポップスにウェイトを置いた曲作りのようなのだけど、何故だか、槇原敬之Mr.children久保田利伸平井堅スキマスイッチ秦基博etc・・・といった良質なJ-POPアーティストの系譜を継承してしまっている。インディーバンド界隈ではお馴染みのこのハイブリットな新世代感覚がいよいよJ-POPミュージシャンにも台頭し始めてきているのだ。


3人のアレンジャーがそれぞれの特色のサウンドで黒沼英之の歌を引き立てている。湯浅篤はハイファイに、大久保友裕はウォーミーに、河野圭はシルキーに。個人的には初期の宇多田ヒカルを支えた河野圭アレンジ(鍵盤の音色も素晴らしい)の「雪が降る」「UFO」「I can't stop the rain」「心のかたち」「深呼吸」といった楽曲が録音を含め好みで、アルバムのキー楽曲でもあると思っている。アルバムを通して印象的なのは絶妙なミュートテクニックと多彩な手数でもってサウンドの真ん中で歌を支えるドラミングで、『YELLOW OCHER』は「歌とドラムのアルバムである」と言い放ってしまいたい。ほぼ全ての楽曲でドラムを担当しているのは玉田豊夢。つい先日も山下達郎にあの青山純のドラミングと並べ、賞賛された売れっ子中の売れっ子である。ここらへんは、普段J-POPを聞かないインディーポップ愛好家にもアピール点ではないかしら。しかし、何と言ってもこのアルバムの白眉は黒沼英之のボーカリストとしての魅力だろう。


「夜に寄り添う声」というものがもしあるのだとしたら、黒沼英之という歌い手は間違いなくそれを備え持っている。とは言え彼の音楽は巷のJ-POPのように「大丈夫だよ」「君らしくていいんだよ」といった安易な肯定はなされない。

ラジオから君の好きな歌が流れてる
少しやさしすぎる真面目さが君によく似ているね


「深呼吸」

生活の中にある美しい機微を掬い取りメロディーに変えて歌う。黒沼英之の音楽は、インディーズアルバム、ミニアルバム、シングル

イン・ハー・クローゼット

イン・ハー・クローゼット

instant fantasy

instant fantasy

パラダイス

パラダイス

のリリースを経て、その楽曲の作風に変化が見られる。いくつかのインタビューに詳しいが、自身のナイーブさをそのまま歌うのでなく、そこに客観性を加えることで物語る手法を身につけたようだ。例えば、「きっとここではないどこかに自分が完璧に存在できる場所があるに違いないのだ」という漠然とした期待は

今度、僕らの街に銀のUFOが来るって噂
君は知ってる?


「UFO」

という風に歌われるわけだ。この想像力に支えられた変換はポップソングの理想的な姿だと思う。『YELLOW OCHER』というアルバムには、ナイーブな感性があるべき姿で存在できるいくつかの小さな物語が紡がれている。何もかもが上手くいかない日というのがきっと誰にでもあって、もしそんな時あなたが、流れる音楽に心を託したいと願うなら「こんな歌はどうだろう?」