青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

かもめんたる『メマトイとユスリカ』

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お笑い界において”岩崎う大”の才能は頭1つ飛びぬけている*1キングオブコントで披露したコントにも圧倒されたが、単独公演を観た後では、あれらですら、彼らの世界観の凄味を薄めたものに過ぎなかったのだ、と感じてしまう。14回目の単独公演『メマトイとユスリカ』は本当に凄い。

メマトイとユスリカは夕方になると無数の塊となって飛ぶ羽虫の種類である

メマトイとユスリカという一見よく似た姿をした生き物。しかし、あくまで別の生き物であり、2種は決して交わる事はできない。その関係性を、男女2人の性行為の趣向の不一致という題材にスライドさせ、絶望に近い”すれ違い”をユーモラスに描いた1本目のコントからして、抜群の完成度だ。槙尾の女装のクオリティ、仕草や言動の作り込みも見事だ。降り続ける雨音、銀行強盗に失敗し自首寸前の2人、といった設定も諦念を高める。


2本目の「おかえり」がこれまた強烈だ。散歩中にUFOにさらわれ行方不明になった犬を探し続ける飼い主。彼の元に1人の男が「ご主人様!会いたかった」と駆け寄ってくる。なんと、その男こそが行方不明になっていた犬。宇宙人に改造され人間の姿になってしまったのだ。人間の姿でジャレてくる犬に戸惑う飼い主。「飼い犬との会話」がSFモチーフで続けられるこのコントはとにかく台詞がキレキレだ。

私をさらったのは色んな惑星から動物を連れ去っては脳や身体を弄くり倒してオリジナルの生物を作るのを趣味とした宇宙の変態芸術家集団でした。まじでヤバイ連中でした。奴等には骨の髄まで弄くり倒されました。そっから(犬)からこの形(人間)になるわけですから、それは大手術と言うか大工事と言うか。何べんも失敗されました。3回死にました。心臓だけになって作業台の上でピクピクひくついていた事もあります。心臓だけになるというのはあんなにも心細いものなのですね。この喉が取り付けられた時の私の第一声は「もう殺してくれ」でした。それが妙に宇宙人にウケました。どう思いますか?この話。


この形になってから、最初はやっぱりむくみが凄くてねぇ。お相撲さんのようにパンパンになって歩いてたんですよ。足の裏までこう膨らんでいたから、宇宙船の中で安定しなくて、歩いているのを見た宇宙人が僕の事を「ユラユラ左衛門」って呼んでました。どうですか?どう思いますか?思っていたより悲惨ですか?

筒井康隆のナンセンス文学の領域だ。ありえない設定の細部が次々に充足されていく快感。「心臓だけになって作業台の上でひくついていた~」というくだりには思わず声が出てしまった。”むくみ”というリアルさが、荒唐無稽な設定の中でピリリと効いている。更に、知能を得た犬が次々に飼い主の底の浅さを糾弾していく展開の鋭さも見逃せない。




岩崎う大の発想の気持ち悪さが快感に変わってくる。小説家と担当者のやり取りを描いたコント「理由」のこの台詞。

先生の奥さんが若い男に寝取られるとするじゃないですかぁ、あ、違うんです、これ小説的な話で。若い男が、所謂、行為の最中にですね。「あーめっちゃ気持ちいい」って喜んでるのと「あーもっと若い女の方がよかったなぁ」って思いながらやってるのと、どっちのほうが旦那としてはダメージでかいですか?

実に下衆い。しかし、「なんて複層的な世界の捉え方だ!」と感心してしまう所もある。そして、このコントの秀逸さは、槙尾が演じるクズ担当者の存在感の説得力である。”人間の臭み”を演じさせたら、槇尾の右に出る者はいないのではないか。キングオブコントで披露していた「言葉売り」もロング尺だとより研ぎ澄まされている。キングオブコント版では省略されていた

私が、なに?その言葉買うと
あなたは喋れなくなるの?

は省くには惜し過ぎるやりとりである。


ほぼ全てのネタで展開される不条理の理由は明らかにならず、変な現象=(笑い)の透明性が保たれている。しかし、驚きなのはラストコント「敬虔な経験」において、公演の全てのネタが絡み合い、それらの現象の理由が明かされていく。
群像短編小説などよく見かける手法で「伊坂幸太郎かよ」とか一瞬醒めかけたのですが、いやはやこれが凄まじいクオリティなのだ。世界は想像もつかないような無数の現象が潜んでいる。不条理とセンスオブワンダー。荒唐無稽な世界を笑うこと。クリエイトすること。創造を支えるイマジネーションの素晴らしさ。そしてそれを誰かに継承していく美しさ。それら全てをシニカルに、ブラックユーモアでもって描き切る。断言しよう、岩崎う大は日本コメディ界に舞い降りたカート・ヴォネガットである。「敬虔な経験」における

俺は誰にも経験できないことを経験したんだ

私を利用してくれてありがとう

といったフレーズには、思わず『タイタンの妖女』を結びつけずにはいられないだろう。ヴォネガットの『タイタンの妖女』を、コントというフォーマットでやり切ったコンビが2013年にいた、という事実を永遠に記録しておきたい。

*1:『THE MANZAI2013』で躍動した流れ星のネタ作りにも一時期参加していらしい!