青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

坂元裕二『ユーリ ЮЛИИ』


それでも、生きてゆく』『最高の離婚』など数々の傑作を世に送り出しているドラマ脚本家、坂元裕二(当時29歳)が原案・脚本、そして監督まで務めた『ユーリ ЮЛИИ』という作品が存在するのをご存じだろうか。公開は1996年、当時はそれなりの宣伝費を投入した話題作だったそうですが、現在その知名度は低い。DVD化はしておらず、VHSのみ、というのも要因か。いや、しかし内容もなんともはやなのだ、これが。


音楽を藤原ヒロシ、監督補佐として青山真治、撮影補佐に篠田昇がクレジット。まさに90年代の亡霊のような佇まいである。冒頭からコンクリート打ちっぱなしのホテルのベッドに男女が2人、ピストル、そして死体である。死体の詰まった冷蔵庫、ちょっと変わった男の子にイラン人、繋がらない電話、膨張する宇宙とユーリ・ガガーリン、7日間の短い夏休みで海を目指すetc・・・更には、終末思想、襲いかかる不条理、雰囲気重視の美しい映像、徹頭徹尾90年代的なのである。96年公開なのだから、90年代なのは当然なのだけども、それでもいくらなんでもなのだ。

私は夜に生まれたんだよ

ねぇ、宇宙って膨張してるって知ってる?

意味ありそうで実はない、いや、どこか岡崎京子的な台詞の応酬。ようは岩井俊二『PiCNiC』や矢崎仁司『三月のライオン』

PiCNiC [DVD]

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三月のライオン?MARCH COMES IN LIKE A LION? [DVD]

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あたりに流れていた空気を想像して頂ければよろしいかと思うのだけども、そうであれば主演がいしだ壱成と坂井真希の2人というのはあまりに弱い。いしだ壱成の役は浅野忠信でなれければ成立しないだろう。


フィルムに色を入れたり、映像をカットアップやらコラージュしてみたり、”ヌーヴェル・ヴァーグ”のようなものに目配せをしたりもしている。それがまた強烈に恥ずかしいではないか。ラストの線路のシーンにおいては『東京ラブストーリー』のカンチとリカの掛け合いを彷彿とさせるような、背を向けて歩き出すやり取りが始まり、「ややっ」となるのだけども、いかんせん内容が

管制塔…管制塔…地球管制塔に告ぐ。こちらボストーク1号。こちらユーリ・ガガーリン少佐。
聞こえますかー?聞こえますかー?

だ。ちょっとノレなし。しかし、管制塔や通話できない電話ボックスなどのモチーフからは、世界と上手くコネクトできない感性を掬い取る、という坂元裕二の作家性が感じとれるだろう。そして最後の最後で、交わされるドロップキックのその不格好さに、『それでも、生きてゆく』の双葉の飛び蹴りや、『最高の離婚』における光生のキスの不器用さなどを重ね合わせ、静かに興奮したい。10年前に10代の自分が観ていたらもしかたら大切な1本になっている可能性もあるが、今この歳になって観てしまうと、控え目に言っても凡作。坂元裕二という天才の前史を知る、という意味では貴重な1本ではないでしょうか。