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曽我部恵一『超越的漫画』

超越的漫画

超越的漫画

いやはや、素晴らしいアルバムだ。よもや曽我部恵一への想いが再燃する日が来ようとは。ヒーローのご帰還だ。「日記のような」という言葉で評される今作だけども、「曽我部恵一の日記」というその響きから連想されるドリーミングなメロウさで敷き詰められた作品ではない。同等に憤りや怒りのフィーリングで満ちているように思う。音像はラフで生々しいミックス。ベッドルームミュージックの手触りでありながら、圧倒的にファンクしている。これがベッドルームファンクというやつか。そうだ、眠る前に零れ落ちる感情は夢のように美しい、という決めつけは欺瞞に他ならない。「クソがっ!」と掛けた布団を宙に蹴り飛ばした夜が誰にでもあるはずだ。このファンクネスは「ひとり」「すずめ」「バカばっかり」などアルバムの重要曲において素晴らしいリズムを披露しているオータコウジと伊賀航のコンビ功績かしら、と思いきや、リズムボックスに乗せ、行った事のないリスボンの響きに想いを馳せる「リスボン」ですら跳ているように感じる。ファンクは今作での曽我部の態度そのものだ。また「6月の歌」など自身のメロウネスを否定していない所もいい。人間は多様的であるべきだ。しかし、「ダンス」というものの許容の広さよ。曽我部が抱く原発デモへの疑問や安部政権への憤りも、夢想する旅情や娘とのお出かけも、いやはやカレーが美味しく作れたという事実ですら、飲み込み、身体を踊らせてしまうのだ。


(痩せてすっかり格好よろしくなった曽我部さん。黒縁メガネ、無地のTシャツ、Gショック(?)というミニマルな着こなしもイカシテル。)


余談だけども、このアルバムを聞いて、曽我部恵一マーライオンのまさかの共演に納得がいった。マーライオンの音楽性は完全に彼の今のモードと共鳴している。このアルバムの後にすぐさまリリースされた7インチ『汚染水』も最高にかっこよかった。しかし、曽我部恵一である。明日にでも「今こそ洗練されたポップソングの力を信じるべきだと思うんだよね」とか言い出しかねない。けど、このアルバムを聞いて、曽我部恵一のそんな所もいいな、と思えるようになったのです。