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『サザエさん音楽大全』

サザエさん音楽大全』が素晴らしい。

サザエさん音楽大全

サザエさん音楽大全

45年のテレビ放送の中で初の公式音源集リリースという事で浮足立って視聴してみたら、あまりにいいので買ってしまいました。「タマの鳴き声」だの「タラちゃんの足音」の収録がネタ的に取り上げられて話題となっているが、「サザエさんサントラ買ったったwwwww」みたいな扱いで終わらせるべき作品ではないでしょう(タラちゃんの足音イジリがおもしろかったのは10年くらい前の事だ)。


現在の日曜日放送アニメのOP、EDでも使用されている筒美京平による名曲「サザエさん」「サザエさん一家」のフルバージョンが冒頭と締めに構えている。「サザエさん」のイントロのブラスアレンジの素晴らしさには唸ってしまう。音楽ファンには有名な話だが「サザエさん一家」はFruitgum Companyの「Bubble Gum World」を元ネタにしており、ソフトロック愛好家にも愛されているナンバーだ。

火曜放送版のOP、EDでお馴染み堀江美都子の歌唱の「サザエさんのうた」「あかるいサザエさん」の2曲(共に渡辺宙明のペン)も清々しいまでの名曲。全てが完璧だけども「サザエさんのうた」はサビ前からサビにかけての転調が素晴らしく、歌詞も

うちとおんなじね 仲良しね
私もサザエさん あなたもサザエさん
笑う声までおんなじね ハハハハ おんなじね

というサザエさんが全人類に融解していく力技がクレイジーで最高。「あかるいサザエさん」も

ときには しくじることもあり
ちょっぴり 悲しいときもある
だけど ウーン だけど
明るい私は 明るい私は サザエさん!

とくるわけで、2曲とも多幸感を飛び越えて圧倒的な躁感を醸し出しております。サザエさんとカツオが筒美京平の楽曲を歌うという「レッツ・ゴー・サザエさん」「カツオくん(星を見上げて)」のレアトラック2曲の収録もうれしいですね。ちなみにカツオの声は懐かしの高橋和枝だ。涙。


サザエさん』をソフトロックで解釈するやり口は、何も歌モノに限らず、越部信義による劇伴もまた同様にして素晴らしいのだ。時にモータウンすら彷彿とさせるタイトなリズム隊(特にドラムが素晴らしい)に、冴え渡ったフルートなどの管のアレンジも最高。珍しい音色の楽器も多く使用されていて、かなりチェンバーサウンドなのですね。また、聞き覚えのあるメロディー達が「サザエのテーマ」「カツオのテーマ」「波平のテーマ」「タラちゃんのテーマ」とそれぞれ名前がつけられている事を知り、また彼らのキャラクター性がメロディー、アレンジ、リズムに確かに反映されている事実にうれしくなってしまう。そして、何より無条件に陽気な気持ちにシフトさせてくれるナイススムースなトラックばかり。だってタイトルからして「楽しい磯野家」「明るい磯家」「磯家の団欒」「磯野家のおでかけ」ですよ。気持ちもアガります。もしレコードとしてリリースされていたなら、DJ達にレアグルーヴとしてこぞって争奪されていった事でしょう。


「これを聞けばいつでも気分は日曜日」なんていう凡庸なコピーを使用するのは避けたい所だが、『サザエさん』と「日曜日」を切り離して考えるのは難しい。それほどにこのアルバムに収録されているトラックは祝日感を漂わせている。また厄介なのが、単なる祝日感だけでなく、「サザエさん症候群」などという言葉もあるように「祝日が終わり行く感じ」を思い出してしまうのですね。メロディーやアレンジの底抜けな明るさがまた一層寂しさを際立たせるではないか。更にですよ、『サザエさん』に刻まれている「永遠の昭和」のイメージが日本国民のノスタルジーを呼び覚ます。昭和に対して抱くノスタルジーなんてドメスティックながらも、もはやエキゾチシズムみたいなもんだ、という暴論でもって、『サザエさん音楽大全』をこの国のモンドミュージックの決定盤としたい。レコメンド!