ホン・サンス『3人のアンヌ』
ホン・サンスが映画において試みる、その反復と差異の実験は洗練の極みを見せている。イザベル・ユペールが演じる3人のアンヌ(青の、赤の、緑のアンヌ!)が、同じ街の、同じ部屋で、似たような人々と交わり合う、その様をカメラは一定の距離感で観察し続ける。酒と煙草と男と女、そして会話と仕種がひたすらに収められている。時折見せる特徴的な、非スタイリッシュなズームは、映画史をなぞらえて語りたくなる欲求を刺激するのだが、どうにもそれはまるで週刊誌カメラマンがスクープを発見した時に行うそれのような、悪意とユーモアでしかないのではないか。反復の中でじわじわと生じていく差異には、「この世界そのものの有様を撮っているのだ」とか「人間の多層性だ」とかそれらしい事を言いたくもなるのだけども、ホン・サンスの「私はあくまでただ観察しているだけなのだ」というような、さりげない佇まいがいい。とりわけ、同じ人物が収まっている空間が、反復の中で見せる表情が、じんわりと変わっていく様などは、映画の力だ、とうなってしまう。
何度も繰り返されるライフガードの登場シーンがいい。あれはまるで「あなたすてきよ」のつげ義春の『海辺の叙景』じゃないか。イザベル・ユペールが「ライトハウス、ライトハウス」と道を照らしてくれる灯台を探しつ求めるだとか、頻出する「分かれ道」だとか、ライフガードが登場して「私はあなたを守ります」だとか、象徴的なテントを、「あなたにあげます」だとか「中に入りたいですか」とか言わせる、何やら”それらしい”モチーフの演出もまた、さりげなくてよいのだ。では、とにかくクールで低温な映画か、と言えばそんな事もない。3つの異なるはずの世界を「焼酎の瓶」や「雨傘」が繋いでしまうマジカルな瞬間にはドキリと興奮させられてしまうだろう。2人目のアンヌには必要なかった「雨傘」が3人目のアンヌに降ってきた突然の雨をしのいでくれるあの瞬間よ。うーん、「ホン・サンスの映画は世界そのものだ」と言いたくなってしまう欲求を、やはり抑えられそうにありません。