青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

トーベ・ヤンソン『たのしいムーミン一家』

新装版 たのしいムーミン一家 (講談社文庫)

新装版 たのしいムーミン一家 (講談社文庫)

ムーミンシリーズの3作目。最初の2冊に比べて、舞台はムーミン谷に限定されのんびりムードを漂うものの、相変わらずみんな自分勝手で口が汚く、だからこそ自由だ。冬眠するムーミン谷、訪れる春の柔らかさ、とうとう登場した哀しきモラン、旅立つスナフキン、と読み所たくさん。


そして、やはり冒険がある。「飛行おに」の落とした不思議な帽子がムーミン谷に、心躍る夢のような出来事を巻き起こしたり、はたまた深刻な事態に陥りそうな不吉な出来事も引き起こしたりする。しかし、それらのエピソードは引き延ばされる事なく、全て数十ページでパッと解決して、あっという間に終わってしまう。いい事も悪い事も。そこで、世界で1番大きくて綺麗な宝石をみんなで眺めるシーンの美しさを引用したい。

そのルビーのほのおの中には、自分たちがそれまでにした、あらゆるすばらしいことが、うつっているような気がしました。それで、それを思いだしたり、もう一度そういうことをしたいものだと、そんなことを考えたりしていたのです。

素晴らしい。まるで小沢健二『LIFE』に流れるフィーリングの元ネタではありませんか。ここにヤンソンが子供達に提示したい「生きてゆくためのコツ」が表現されているように思います。


ご馳走(パンケーキ)に、たくさんの種類のお酒に、花火に、一晩中のダンス。エンディングに向けての幸福なパーティーの描写の筆致は圧巻。更に、ムーミントロールは「ここにいない人=スナフキン」にまで想いを馳せて、どうか彼も幸福であるように、と祈るのだ。それはトフスラン・ビフスランと「飛行おに」の間でも交わされ、誰かの事を強く想う事、そして想われた側の笑顔で物語は幕を閉じる。最後に余談になってくるが、エンディングにおいて、一晩中踊り明かした夜明けに、ベッドでグッスリ眠る事を考えならが、帰路に着く幸せさについて描かれている。クラブシーンへのプリミティブな言及であります。素敵。