青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

なかもとしげる『ドリーム仮面 ぼくだけの家』


表参道にある「ビリケンギャラリー」というお店に何気なく足を運んでみると、『ドリーム仮面 ぼくだけの家』という絵本の発売を記念した個展が行われていた。集英社主催の手塚賞初受賞者である「消えた漫画家」中本繁によって『週刊少年ジャンプ』で1973年に8ヶ月間だけ連載された作品。2000年に『QJ漫画選書』で作者行方不明の中、復刻も果たしているが、中古相場でも希少により高額だ。「消えた漫画家」というイメージで止まっていた中本繁は絵本作家として顕在だったのだ。しかし、そんな経歴より何より、飾られていたイラストのその独創性、色使い、イメージの豊かさに一発でやられてしまった。




週刊少年ジャンプ』での連載時からちょうど40年、氏の才能は絵本、イラスト、紙芝居というフォーマットで咲き乱れている。このキュートネスをはらんだサイケなポップ感覚はまさに今、評価されるべき存在ではないだろうか。中本繁がライフワークとして続けている「くるくる紙芝居」も秀逸である。ロール状の紙に一続きに絵が書かれた紙芝居。運よく中本さんご本人が会場にいらしている時間帯で、その実演を観る事ができた。”くるくる”という運動と共に全ての物が繋がれていく、プリミティブながらエネルギッシュなエンターテインメント。さらに会場には氏が10代の頃より書きためた詩集に、新たに絵をつけて編集した『ぼくの天使へ』という作品も販売されており、これがまた才気走っていて素晴らしい。言葉とデザインのアイデア感覚が驚異的なのだ。


会場には『ドリーム仮面』連載時の『週刊少年ジャンプ』が誰でも読めるように置かれていた。ページを開くと、『ど根性ガエル』『はだしのゲン』『プレイボール』『マジンガーZ』『トイレット博士』『侍ジャイアンツ』『アストロ球団』と持つ手が震えるようなクラシック群が並んでいる。そんな中に、ポツンと『ドリーム仮面』は掲載されていた。ドリーム仮面は、悪夢にうなされる子どもたちの夢の中に侵入して、夢を書き換えてしまう。頭をペンにして文字通り。

ドリーム仮面とは漫画家である作者中本繁そのものなのだ。漫画でもって夢の中から現実を書き換えてしまおう、という決意。設定は40年早かった『インセプション』であるし、キャラクターや夢世界の描写のアウトサイダー感も必見。中本繁漫画全集の刊行が待たれる。


「小さな約束」という1編に大きな衝撃を受ける。重病を患い、手術をしなければ、数日の命と宣告された女の子。しかし、手術の成功確率はわずか1%。ドリーム仮面は、恐ろしい悪夢に悩まされる彼女の夢に侵入し、夢を楽しく書き換え、「必ず治るよ」と励ます。おかげで現実でも少しずつ生気を取り戻した彼女は手術を決意する。手術当日、いつものようにドリーム仮面が彼女の病室に行くとベッドは空っぽ。手術は失敗して死んでしまったのだ。この時点でちょっと少年誌としては衝撃的展開なのだけど、少女の死にショックを受け、自身の存在意義にさえ絶望するドリーム仮面の憔悴の描写が圧巻だ。夢を扱っておきながら、厳しいほどのリアリズムが横たわっている。しかし、ドリーム仮面は生前の彼女との会話を思い出す。

これからもずっとこのお仕事がんばりつづけてね、きっとよ、約束ね

最終話でドリーム仮面はこんな言葉を残して終わる。

わたしの夢は、ひとりでも多くの子供に楽しい夢をあげること。
その願いのためなら、わたしはどんな苦しみにも、まけんばい。
そして、どんなきびしさにも、どんなみじめさにも、まけんばい。
どんな困難がまっていようと、宇宙のはてまでも、いくばい。
これがわたしの生きがいばい。これがドリーム仮面の生き方なんばい!

これは泣ける。「夢を扱い過ぎて、精神に異常をきたして失踪」なんて噂もあるが、中本繁はただ愚直なまでに表現に対しての責任感が強い男だったのではないか。「僕らの責任は想像力の中から始まる」というやつだ。

ドリーム仮面―ぼくだけの家

ドリーム仮面―ぼくだけの家