相米慎二『東京上空いらっしゃいませ』
相米慎二のフィルモグラフィーの中ではマイナーな小品という印象だが、これが抜群におもしろい。あまりに見事な画面設計。それに固執するかのように、頑として切り替わらない長回しの中で、一体どれほどの活き活きとした”生”の営みが刻まれていたか。ロフトと大きいベランダのある雨宮文夫(中井貴一)の部屋が、まずもって空間として素晴らしい。マンションの下の階に好意を寄せられている女が住んでいて、その女は梯子を登ってベランダからやってくる、という設定もロマンチック。部屋の一角にひとたびカメラがフィックスされれば、窓やドアや階段を境界として、人物が駆けまわる度に、画面に時間と運動が流れ出す。
裸足でスニーカーを履いて、その履き心地を確かめるために、飛び跳ねてみせるユウ(牧瀬里穂)の瑞々しい確かな”生”よ。「あーこの長回しよ、いつまでも終わってくれるな」という願いがもちろん叶わず、やがて画面は切り替わる。つまりそれは“死”に等しい。そんな画面構成に呼応するかのように、ユウは、自身の“死”を見つめる事によって、“生”の祝福を獲得していく。鏡にも写真も映らない事に落ち込んだユウが、柔らかい光に当てられてできた自分の影を見つめ喜ぶシーンの美しさは言葉にならない。車通りの多い道路沿いで同級生と立ち話をするシーンがいい。彼女が自身のかつての”生”を再確認するくだりなのだが、その背景では緩やかにカーブを曲がってくる何台もの自動車が映し出されている。その奥行きのある画面にもウットリなのだが、自動車というのはこの映画の始まりでも終わりでもあり、また彼女の”死”に深く結びついているモチーフだ。
牧瀬、初めてのバイト!を捉えたハンバーガーショップでの長回しは超絶キュートで思わず笑ってしまうし、屋形船での長回しのロマンチックさ(会話の中で触れられないが、夜空に打ち上がっている花火のさりげなさ!)、ライブハウスでのダンスシーンのユウと雨宮の絡みの幸福感、オフ画面から聞こえてくる子供の笑い声、中井貴一という役者がもつ滋味・・・言及したい点が山ほどある大傑作。こんなにも映画的であるのに、お話として全うに面白いのも凄い。事故死したキャンペーンガールが、天上界の案内人コオロギ(笑福亭鶴瓶)の手違いによって一時的に身体が蘇り、広告代理店で働くマネジャーの家に居候し、生の意味を再獲得していく、という90年代トレンディドラマと大島弓子の素晴らしきマスターピース群が融合したかのような、荒唐無稽で美しき脚本。ユウはキャンペーンガールであるからして、街には彼女の看板やポスターで溢れている。そう、その”生”の証が。