坂本慎太郎『まともがわからない』
2011年に発表されたソロデビューアルバム『幻とのつきあい方』は、その素晴らしいサウンドに酔いしれながらも「幽霊のような気分で」というトーンにいまいちしっくりきていなかった。自分でも信じられない話なのだが、震災後の「がんばろう日本」的な空気に少し熱をあてられていたのかもしれない。しかし、その後のこの国の流れを眺めてみれば、「幽霊のような気分で」、そして「まともがわからない」というムードは、あまりにしっくりと今の気分だ。
坂本慎太郎はなんだかもう完全に彼岸に立っている。2曲目「死者より」は打楽器、管楽器の響きが確かなグルーヴを放っているのに、肉体性を感じない。棒立ちした人間の後ろに立つ幽霊が黙々とリズムを刻んでいるかのようなズレた面白みがある。しかし、「いきものめ いきものどもめ」というのはもう完全に神様の境地ではないか。Brian Wilson、山下達郎、宇多田ヒカル・・・ああいう領域に到達した人々の音楽はことごとく神懸ったように美しいのである。「まともがわからない」のイントロのストレートな美しさには、自分が今こんなにも真っ当なメロウな音を求めていたのか、と新鮮な気持ちで驚けた。2012年は完全にアンビエントな音を欲していたわけだけども、今年はちょっと明確な意思のある音色を聞きたいのかもしれない。
この小さい町にも奇跡はありえる
かなえたい夢なんて はたしてあったっけ?俺に
まともがわからない
ああう〜
まともがわからない ぼくには今
あえて歌詞カードにも記載されている、この諦観と執着の入り混じった「ああう〜」という悲痛な叫びを美しく響かせるのが、今の坂本慎太郎の音楽ではなかろうか。