青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

寺本幸代『新・のび太と鉄人兵団 はばたけ天使たち』


いくらなんでも湿っぽ過ぎるのでは、という気もしないではないが、旧作への愛を貫き、元々あったさりげないテーマを丁寧にブラッシュアップした見事なリメイクだ。そのテーマとは言葉にすれば陳腐なものになるが、「相手の立場になって考えてみること」である。つまり想像力を働かせてみること。それこそが戦争をなくすたった1つの方法になりうるのだ、ということを物語っている。


のび太と鉄人兵団』は大長編で唯一(?)のび太の町が舞台となる。「のび太の町を舞台にする」というのは藤子・F・不二雄が大長編を作るにあたって自身に課したタブーであった。しかし、鏡面世界という裏ワザでもって、そのタブーを破っている。いつものあの町がロボット兵団に破壊される。現実にフィクションが侵食するような感覚は強い恐怖を引き起す。今作でもそれは実に効果的に演出されていて、のび太の住む町はおろか、東京近辺(おそらく池袋やお台場など)の町並みを現実に即して緻密に書き込んでいる。ここで鏡面世界というのに注目したい。のび太たちは鉄人兵団をダミーの地球として鏡面世界に誘い込み戦う。藤子・F・不二雄は、上記のタブーを破るためだけに鏡面世界を用いたわけではない。劇中でリルルからロボットの歴史を聞いた静香が

まるで人間の歴史の繰り返しね

と言うシーンがある。のび太たちと鉄人兵団、つまり人間とロボットは”写し鏡”の関係性なのである。この鏡というモチーフが、最初に述べた相手を知るということ、想像することを喚起させる構造になっている。のび太ピッポ、静香とリルル、それぞれ敵でありながらもお互いは同じ存在である、と気づくシークエンスがあまりに感動的。


鉄人兵団が攻めてくると知り慌てたのび太ドラえもんが警察や首相に電話をかけまくり飛び出す「マジだぜ!!」や無人のスーパーでの買い物が健在だったのはうれしい。しかし、ドラえもんの「ぜーんぶタダでありまぁす」と多幸感に溢れる横移動シーンはなかった。改悪と思われたザンタクロスの脳みそのキャラクター化。これがまさかの正解だった。ほんとにかわいいです。劇場で溜息が洩れるほどのかわいさでした。しかし、おかげで旧作において大活躍のミクロスがほとんど出ません。のび太ピッポに名前をつけてやるシーンが秀逸。