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高橋敦史『ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』

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夏の暑さに耐えかねたのび太ドラえもんが、無限にかき氷を食べる為に、南太平洋に浮かぶ氷山に赴く。「大氷山の小さな家」(てんとう虫コミックス18巻)を導入にしているようだ。どこでもドアをくぐる前に、しっかりパーカーを羽織ってから氷山に向かうのび太の姿に驚いてしまう。半袖姿で氷の世界に現れ、「うぅ、寒い」と鼻水を垂らすといういうボケを一発かますのが、『ドラえもん』のマナーのようなもの。しかし、今作の主人公はあらかじめ上着を用意できるのび太。精神年齢が少し高めに設定されているのだろうか。しかし、監督がのび太にパーカーを着させたのはそんな理由ではない。タケコプターでの飛行シーンに目を凝らそう。繊細に風にたなびくのび太のパーカーのフード。衣服をたなびかせる為、つまり画面に”風”を吹かせる為に、のび太にパーカーを着せたのだ。実に宮崎駿的なふるまい。なるほど、監督の高橋敦史はジブリで『千と千尋の神隠し』の監督助手を務めた経歴の持ち主であるらしい。誰もが指摘せざるえないブリザーガのあまりに巨神兵(もしくはデイダラボッチ)な造形、アクションシーンの画面構成、空間の上下の運動など、ジブリの遺伝子は各所に点在されている。


しかし、本作にはそれ以上に藤子・F・不二雄イムズがほとばしっている。氷山の成り立ちやスノーボールアース仮説などを、アカデミックに物語に組み込む手捌き。これまでのオリジナル作品がドラえもん映画として損なっていたのは、まさにこれだろう。もちろん、メイン対象である子どもは完全には理解できないかもしれない。それでも、”種”は植えることができるはず。そして、物語を進める順序がいい。異世界描写→のび太の日常→異世界への冒険→一旦、帰宅して→再び異世界へ。このリズム。一旦、家に帰るのがミソなのです。忍び寄る”すこし不思議”の予兆を感じながら、のび太が食卓や布団で「あれは何だったんだろう」もしくは「確かに見た(聞こえた)はずなんだけど」と振り返る。このSF(すこしふしぎ)の日常への浸食を目にすると、「あぁ、ドラえもん映画だ」と感じる。監督のみならず脚本も兼任した高橋敦史は、あの往年のドラ映画の質感を見事に蘇らせる事に成功している。ピーヒョロロープ、ここほれワイヤー、コエカタマリンなど、どう考えても効率の悪い(しかし、類まれなる想像力に満ちた)道具で冒険を進めていく所作も涙もの。パオパオ(『のび太の宇宙開拓史』)、石化するドラえもん(『のび太魔界大冒険』)、大王イカ(『のび太の海底鬼岩城』)、なんていう細部に散りばめられた過去の大長編への目配せも嫌味がない。とりわけ、”ヒョーガヒョーガ星”というネーミングセンスはファンの涙腺を刺激することだろう。


もちろん、藤子・F・不二雄の神様のような脚本術と比べてしまってはいささか物足りなさを感じてしまう。ペース配分に難があるし、明瞭さにも欠ける。レギュラー陣も含め各キャラクターはその魅力を発揮しきれていないように思う。しかし、原作リメイクでないオリジナル映画作品の中においては群を抜いて素晴らしい出来栄えであると断言できるだろう。真っ当なSFジュブナイルとして成立しているし、スティーヴン・スピルバーグへの敬意(暗闇の中の懐中電灯の光!!)が『インディー・ジョーンズ』シリーズの冒険活劇のルックを作品に与えている。『ドラえもん のび太の宇宙英雄記』(2015)において、ハンバーガーの形をした映画監督ロボットを登場させたのに、比べると何十倍も美しいリスペクトの捧げ方だ。


<ここからネタバレあり>

タイムパラドックスを駆使した脚本は実に練られている。耳の欠けた黄色いパオパオのユカタンが、10万年間の冷凍を経て、青いパオパパのモフスケに変化する。この一連の描写には、(言うまでもないが)ネズミに耳を齧られ黄色から青色に変化してしまった”ドラえもん”という存在がメタファーとして託されている。更に言ってしまえば、気が遠くなるような時間の隔たりを経たとしても決して揺るがぬ、ドラえもんのび太の友情が示されているのだ。そもそも、ドラえもんは22世紀、のび太は20世紀(新ドラだと21世紀なのか?)、と2人は本来それぞれが時間軸の異なる場所に生きる者だ。いずれ、別れが義務づけられている友情でもある。しかし、ホンモノの友情は時を超える。10万光年先の星に生きるカーラとヒャッコイ先生の10万年前の”光”が、10万年後にのび太の家の屋根に届いたように。『ドラえもん』という作品の奥底に流れていたテーマのようなものを優しく撫でる、完璧なラストである。



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