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青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

山下敦弘『ぼくのおじさん』

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松田龍平が主演で、タイトルが『ぼくのおじさん』であるから、ジャック・タチのサイレント・コメディ的なものを期待してしまった。そんなのって松田龍平という役者の資質にピッタリではないか。あのボーっとした薄顔と長身はサイレントに映える。予告で見受けられる眼鏡、ベスト、グレージャケットにタートルネック、アロハシャツに短パンなどを纏う松田龍平の塩梅がとても良く、期待値も膨れ上がるというものです。


しかし、”ぼくのおじさん”というのはどうやら、ジャック・タチではなく、我が国の国民的な伯父と甥である寅次郎と満男のほうであった(1989年には『男はつらいよ ぼくの伯父さん』という作品もある)。それはそれで面白そうなのだが、人情喜劇として観ても、今作はどうにも物足りない。山田洋次が御年85歳にして献上した『家族はつらいよ』(2016)なんかと比べてみても明白。予定調和の脚本なのに110分はいくらなんでもたるいだろう。『男がつらいよ』をやりたいならば、100分にまとめて欲しかった。いや、この内容なら89分くらいでいい。しかし、「松田龍平が甥っ子とタッグを組んで、恋と冒険とグータラの日々」という基本設定を、山下敦弘が撮る。更にはマドンナに真木よう子(役名が”エリ―”というのもいいではないか)、という選択の間違いなさが備わっているにも関わらず、どうしてこんなにも面白くならないのか不思議だ。ハワイに旅立ってからがまたどうにも面白くないのだけども、コロッケカレーや福神漬、空き缶集めet・・・といった前半の良さも、子役であるユキオのナレ―ショーンベースで処理してしまうことで、おかしみが半減している印象である。


面白いところも探せばある。万年床のおじさんが活発に動き出すと、何かにつけて”気絶”してしまう(ハワイパートだけでも3回)というのがいい。この”気絶”が、本作における現実と虚構を不明瞭にしている。そもそも、この映画の脚本は”ユキオの宿題を端にした作文”という体をとっている。つまりは、真実に手が加えられている可能性がありますよ、というのが示唆されているのだ。それゆえに、エリ―の元恋人である青木(戸次重幸)に事前に知り合えてしまったり、小学生の作文コンクールの副賞(!!)がハワイ旅行であったetc・・・と、どうにもご都合主義であるわけなのだけど、何と言うかこの都合の良さは、万年床でおじさんが観た夢なのではないか、という感触すら抱く。更に”作文”であるが故に、おじさんとユキオの意識も混濁しているような印象を受ける。女性がおじさんに抱く好意なども、ユキオを介して混線している。オフビートなほのぼの作品の中における、このわけのわからなさはちょっとした魅力だ。万年床でおじさんはハワイの夢を見るのだ、なんて考えると少しは悪くない作品なのかもしれない(でも、やっぱり雑過ぎるぞ)。