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青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

廣木隆一『火花』

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あぁ素晴らしい。心を鷲掴みにされてしまった!全10話を観終え、再び1話の再生ボタンを押している自分がいて、結局そのまま2周目へ。Netflixオリジナルドラマ『火花』の話であります。またしても、Netflixだ。私は回し者でも何でもないが、現在のポップカルチャー界において、Netflixというツールは完全に無視できない存在だ。文句なしに2016年ベストに数えるべき作品だろう。この国のテレビドラマに“火花以降”という新たな基準が設けられた、と断言したい。廣木隆一(『ヴァイブレ―タ―』『やわらかい生活』)を総監督として、白石和彌(『凶悪』『日本で一番悪い奴ら』)や沖田修一(『南国料理人』『横道世之介』)など映画界の気鋭が集結。彼らがNetflixの豊潤な制作資金を元に作り上げたのは、ド派手なアクションに彩られたエンターテイメントでも、豪華絢爛な俳優陣による演技合戦でもない。中央線ラプソディ、とでも呼びたくなるような実に貧乏くさい小さな小さな物語だ。白石和彌が監督を務めた3話などは、終電を逃すまで飲み荒らした主人公2人が吉祥寺から上石神井までの夜をのそのそと歩く、それだけの回。それらにこれほどの大きな資本と才能が注ぎこまれている。これは革命なのか。ここからこの国のテレビドラマは何かが変わっていく、そう信じたい。3話のみならず、このドラマでは、青春とは”夜を歩く”ことである、と言わばんばかりに、ひたすらに若者たちが歩き、そして、走る。その様子をクレーン撮影も厭わず、雄弁にカメラに収める。夜に揺らめく街灯、雨で濡れた地面に映る光。そういった映像感度の充実がどれほど物語に奉仕することか。ぜひ目撃して頂きたい。



全10話530分をかけて、お笑い芸人の10年間をオフビートでじっくりと追っていく、という売り文句に敬遠してしまう人がいる事も想像に難くないので、もっとキャッチーなレジュメを用意したい。今作は松本大洋が繰り返し描いてきた”才能”を巡る”救済”の物語だ。徳永が憧れ続ける師匠・神谷というバディのパワーバランスが徐々に逆転していく構造は、『鉄コン筋クリート』や『ピンポン』でのそれらのトレースのようである。

鉄コン筋クリート (1) (Big spirits comics special)

鉄コン筋クリート (1) (Big spirits comics special)

ピンポン (1) (Big spirits comics special)

ピンポン (1) (Big spirits comics special)

そう、今作の後半はひどく物悲しい。7話以降は、常に”泣き出す直前”といったようなフィーリングで胸を掻き毟り、それらはラスト2話で一気に爆発する。涙腺崩壊必至。それもこれも、こんなにもフィクションのキャラクターに愛着を抱くのはいつ以来だ、という程に徳永と神谷の2人が大好きになってしまうからに他なるまい。林遣都*1波岡一喜という役者の素晴らしさは筆舌に尽くしがたい。あまりに徳永として、神谷として、そこに”在る”のだ。役者としてこんなに尊いことはないだろう。であるから、彼らが観る風景も、抱く感表も、全てがリアリティをもって響いてくる。門脇麦好井まさお(井下好井)、村田秀亮(とろサーモン)、染谷将太菜葉菜、髙橋メアリージュン、徳永えりetc・・・といった脇を固めるメンバーもいちいち素晴らしい実存感を携えており、実に愛おしい。とりわけ、主人公の相方である山下役の好井まさおの好演には、初演技という事も含め誰もが驚きを隠せないだろう。
火花

火花

さて、このドラマを前にして、『火花』という小説を全く読めていなかった、と正直に告白したい気持ちに駆られている。又吉直樹(ピース)は、あのか細い声からは想像もつかないほどの大きな”アイラブユー”をこの作品で叫んでいるのだ。売れない芸人が志半ばでその道を外れていく様を描いた青春残酷物語ではあるが、その視線はとても優しい。芸人を辞める決意をした徳永に師匠である神谷がこう語りかける。

この壮大な大会には勝ち負けがちゃんとある、だから面白いねん。でもな、徳永、淘汰された奴等の存在って、絶対に無駄じゃないねん。一回でも舞台に立った奴は、絶対に必要やってん。これからのすべての漫才に、俺達は関わってんねん。だから、何をやってても芸人に引退はないねん。

ここにあるのは圧倒的な”生”の肯定である。芸人や表現者のみならず、この世界で息を吐き続ける全ての私達の”これまで”と”これから”を肯定してくれるような、あまりにも優しい視点だ。ドラマではそれに補助線を引くように、徳永の住むアパートに、お役御免となった古い家電をかき集め、修理するロクさんというオリジナルキャラクターがメタファーとして存在する。



前述の台詞が繰り出される居酒屋のシーンで物語を閉じてしまっても何ら問題はないわけだが、そうはならないのが今作だ。

美しい世界をいかに台なしにするかが肝心なんや
そうすれば、おのずと現実を超越した圧倒的に美しい世界があらわれる

という劇中での神谷の台詞を呼び水にするように、失踪していた神谷が突如Fカップの巨乳を携えて現れるという、全てを台無しにするようなバカバカしいエピローグが添えられている。しかし、それがことさら今作を美しく孤高のものとしている事は誰も否定できまい。なんて偉大なる蛇足。旅館の内風呂で豊満な胸を揺らす神谷と、それに付き合い裸になる徳永。カメラは部屋を飛び出し上空にじんわりと上昇する、2人の狂騒は熱海の夜景の1つとなる。貴方が展望台から覗く美しい無数の光の1つは、おっさんのFカップが作り出しているかもしれない。そんな想像だにしない無数の夜で、この世界は作られているのだ。その途方もない尊さを、このドラマは教えてくれる。

*1:そこはかとなく満島ひかりに似ている。大橋裕之先生にも似ている