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青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

坂元裕二『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう 』4話

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はじまりのシーンは庭の花々に水を撒く練(高良健吾)だ。しかし、家の主である静恵(八千草薫)の姿が見当たらない。

留守中♨︎よろしくお願いします

という静恵の書き置きが映し出される。なるほど、温泉旅行に出掛ける静恵に頼まれ、練が家の留守を預かる事になったようだ(今回やたらと老人ホームの風呂掃除シーンが多いのは、温泉とかかっているのかしら)。しかし、セオリー通りに撮るのであれば、まさにこれから出掛けんとする静恵が玄関先で練に留守中の事を頼むシーンなりその回想が存在してもいいはずなのだけど、あえて静恵が一切映らない手法で処理されている。どうにもこれが、4話における演出のトーンを決定づけているように思えてならない。”画面に映らないもの”で物語る、という試みである。



言うまでもない事だが、商店街の電気屋が呼びかけた「(あれ、ひやかしかな?の)お兄さん」、老人ホームのスタッフの言う「さっきの人」、朝陽に音の部屋を教えてくれた「隣のお兄さん」、これらの画面に映されなかった人々、そのどれもが練である。彼は確かにその場にいたはずなのに、画面上には映されない。天使であったはずの練が、まるで亡霊(ゴースト)のように扱われている。なるほど、自身の心に反し、音に冷たい対応をとり続ける練は、その存在自体が引き裂かれている。いるはずなのに"いない"。1話に登場した

不思議だよね。好きな人っていたら見るんじゃなくて、見たらいるんだよね

という台詞に反するような状況だ。2人の関係は前話までと一変してしまう。練が振り返ってもそこに音はいないし、乗るバスでの位置関係も、平行線以上のズレが発生している。しかし、窓が曇る様子を見ても、風に吹かれて倒れる看板を見ても、練の脳裏には音が浮かぶ。いつも彼女の事を想ってしまう。つまりは、「見たら、いる」のだ。そして、画面には映らないものの、前述の通り「お兄さん」や「あの人」として、練は確か音の側にいる。電気ストーブを買おうか悩む音を見つめ、通勤中に倒れた音をホームに運び、彼女が欲しがっていた電気ストーブを届けようと家まで訪ねている(道を尋ねてきた朝陽が抱える上等なストーブと加湿器を見て、引き返したのかもしれない)。画面には映らない所で、彼は「引越屋さん」としての”運ぶ”という役割を全うしていると言える。



話がこんがらがってきた。つまり私が伝えたいのは、「いるはずなのにいない」と「いないはずなのにいる」という両端の状況を同時に演出するという離れ業を処理しているという事だ。ちなみに4話の演出は高野舞。並木道子、石井祐介に次ぐ3番手の若き演出家。所謂「ながら見」をしている視聴者には、なかなか伝わらないであろう繊細な演出であって、「不親切!」と糾弾されても仕方のない作りにはなっているのだけども、支持するしかないだろう。その一方で、赤ん坊の泣き声への舌打ちから始まる一連のバスのシークエンスの演出(と脚本)などは、ステレオタイプを通り越してやり過ぎの域で、ちょっと興醒めしてしまうのが正直な所。「緊張と緩和」という物語作りの理論に沿っているのだろうけども、そこまで負荷をかけずとも、効力のある"緩和"を坂元裕二は書けるし、今作においても書けていると想うのだけどなー。例えば、あのささやかな”たこ焼きパーティー”の素晴らしさはどうだろう。音が食べ損ねてしまった”たこ焼き”が思いがけない形で彼女に届いてしまう美しさも勿論なのだが、たこ焼きのイメージが音の関西弁をスムースに呼び起こしている点も見逃せない。社会に抑圧・搾取されている心優しき天使達は、いつも言葉や想いを噛み殺して暮らしている。彼等が普段は抑えている方言はそのメタファーとして見事に機能している。3話での

好きだからに決まってるやん

という音の告白を思い出すまでもなく、方言が零れ出る、その瞬間というのは文字通り彼らが”本当の言葉”を喋り出す時なのだ(であるから、練の「好きでした」という過去形を使った標準語での告白は、当然本心ではない)。テーブルに向かい合って本当の言葉で語り合う、あのかけがえのないひと時。このささやか時間を、新たな”つっかえ棒”として2人は再び別れていく。しかし、孤独な2人はきっと同じ匂いを漂わせているはずだ。きっとそれは音と道端ですれ違っただけの木穂子(高畑充希)にも感じられるほどで、ギュッと抱きしめた練から彼女と同じ匂いがする事に、気付いてしまっただろう。この匂いの演出も、”画面に映らないもの”で物語る、という試みの結実である。まったくもう、ここまで胸を掻き乱されるラブストーリーあるだろうか。次回、5話にて一章が完結。震えて待つ。