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坂元裕二『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』8話

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残す所3回、8話はラストスパートに向けての序奏という感じでしょうか。『Mother』での”好きなものノート”を彷彿とさせるシーンが登場するなど、坂元裕二ファンにはたまらない展開も。『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』は月9、ラブストーリーである事にこだわる。描かれているのは、御曹司を挟んだ古典的な三角関係だ。しかし、細部を振動させれば、まだまだラブストーリーには語りえる事がある、という強い意志を感じる。


<そして生活は続く>

変わり果てた練、徐々に壊れていく朝陽、PTSDを患う小夏、と震災後のこの国を描いた『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』第2章は常に波乱に満ちていたわけだが、この8話は何やら様相が異なる。日本介護福祉会への配慮なのか何なのか、職場の雰囲気が一変しているわけですが、それはさして重要ではない。ご飯を炊いてお弁当を作る、部屋の掃除をする、仕事をする。よく働いた日の帰り道には、楽しかった出来事を語り合う。鍋を囲んで友だちに近況を報告するのもいいだろう。露悪的なまでに過酷な”平坦な戦場”としての日常を描いてきた今作だが、8話においてはまるで対照的に「きちんと生活する事の美しさ」のようなものが描かれている。そして、とりわけ印象的なのは、「おかえり」「ただいま」「おめでとう」「ありがとう」「いただきます」「おはようございます」「お疲れさまです」「お邪魔します」「お元気そうで」etc・・・とこれでもかと乱れ打たれる”挨拶”の数々だろう。挨拶、それは日常を続けていく為の言葉。どんなに辛く悲しい事があっても、また今日は始まる。おはようございます。そう、生活は続くのだ。


<繋ぐ人>

7話のエントリーにおいて、佐引(高橋一生)のついた小室哲哉やボルトに関する嘘が、音と練の途切れた会話を繋げた、と書いた。そもそも、練の居場所を音に教えたのも佐引であって、彼は常に練と音の関係を繋ぐ役割を担っていると言える。自身も知り得ぬ所で。佐引の『サザエさん』にまつわるお他愛ない喋りが、バスの中での練と音との会話を呼び起こし、無愛想に手渡した誕生日ケーキが、練と音をテーブルにつかせ、本音を交わし合う契機*1となる。佐引はただ真っすぐに練にボールを投げているつもりなのだけど、想いがけないカーブを描いてボールは別の誰かに辿り着く。坂元裕二は、「人と人が関わり合う事の面白さ」のようなものを佐引という人間を通じて描いている。

練:またサスケに会いに来てください
音:はい、またサスケに会いに行きます

佐引と同様に練と音を何度となく繋ぎ直しているのが犬のサスケだろう。「大丈夫 心配すんな」といった意味を持つ”さすけね”という東北の方言から名前をつけられたのだと思いますが、サスケという響きから想い浮かぶ「佐助」という文字には佐引の名前が息づいているのかも。


<好きな人できたんですね>

サスケによって導かれたテーブルで音と練は向いあってじっくり喋る。3話に登場したピアノコンサートのお店。もしかしたらもう”無くなってしまった”かもしれないその場所を「一緒に探しに行きませんか?」と練が提案する。5年前、2人がお互いに抱いていた”好き”という気持ちはまだ消えずに残っているのだろうか。そんなエモーションが、このさりげない会話の中には込められている。音はそんな練に対して、朝陽との恋人関係を打ち明ける。その際に、音が文房具をいじりながら、星型を作っているのも演出が細かい。

星を見るのは好きですか?

認知症患者に呼びかけ続けるあの朝陽の姿、それだけが、今や別人になりつつある朝陽を音に繋ぎ止めている。音は朝陽への想いをこう口にする。

尊敬してるし、すごく感謝している

ここで思い出したいのは、3話での練が木穂子への想いを語るシーンだ。

優しい人です
仕事頑張ってて 尊敬できて

しかし、それに対して他ならぬ音が言うのだ。

好きってそういうんとちゃうよ

音の朝陽に対する想いは”好き”とは違う。その事に練も気付いたのだろう、何やら不思議なポーズで話を聞いている。音が「今、伊集院さんのポーズになってましたよ」と指摘するわけだが、重要なのはそのポージングではない。音が”気付かないふり”をしているのはそのポーズを取る際に練が伏せる目だ。

引越屋さん、今凄くいい目の伏せ方しましたよ

ここでは1話のあのファミレスでの会話がリフレインしてくる。その目の伏せ方で音が恋に落ちた気象観測部の保利くんの話。そして、自分の意思に反して白井(安田顕)との結婚を決める音。これまでのあらゆるシーンが、反復している。本当に好きな人の前で「恋人にプロポーズされた」と告げる。一見した所、実に古典的なラブストーリーのようであるのだが、これまで作品内で積み重ねた様々な記憶が振動する8話における出色のシーンなのである。


<ガソリンスタンド>

「どういう所で(バイトしていたの)?」という朝陽の父(小日向文世)の質問に、音が少しだけ言い淀む。両親、養父、学歴など大企業の社長相手には受けは決してよくないであろう自身の出自を真っすぐに答えていた音が何故か「ガソリンスタンド」という回答にだけ一瞬の躊躇を見せる。そこは他でもない朝陽との出会いの場であるはずだが、ガソリンスタンドというワードで、音の頭に最初に浮かんできたのは練の顔だったのだろう。ガソリンスタンド、それは北海道から東京という長距離ドライブもいとわない”引越屋さん”に再会できるかもしれない場所だったのだ。1番始めに思い浮かぶ人、つまり”好きな人”が、これから結婚するかもしれないその人ではない、という音の葛藤をさりげなく表わすシーンである。


<ストーカーじゃないです>

ストーカーじゃないです 引越屋です

指摘するまでもないだろうが、やはりここでも「泥棒じゃないです 引越屋です」という1話のシーンが反復している。5年ぶりに引越屋さんに戻った練は音に出会い直しているのだろう。商店街の福引の挿話では

同じ風に思う人がいてうれしいです

と、3話での共に写真に収めたアスファルトの花の記憶が反響する。そして、あの日、引越屋さんとして運んでいた白桃の缶詰が、思いがけず音の元に届いていた事を知った練は、今も変わらず残り続けている自分の気持ちを告白する。

練:杉原さんは間違ってないですよ 自分の思った通りで いいと思います
音:でも私 多分 多数決があったら毎回ダメほうです
練:ダメな方はダメな方で そこで一緒にいればいいじゃないですか
音:そこでも多数決があったら 一緒にいる人だんだん減っていきますよ
練:俺は最後までそこにいますよ 多数決が何回あっても 俺は杉原さんの所にいます

その純真さ故に、世界から少しだけはみ出し、傷ついてしまう2人の恋の告白として、こんなにも美しいものはないだろう。そして、音は母の葬儀の日に火葬場で見た空の美しさを練に語る。

ちょっと怖い空やった
高いような 低いような
オレンジみたいなピンクみたいな
優しい さみしい 
そんやって ほんまにきれ(綺麗)かってん

最愛の母の死、そんな辛い状況の中でも美しいものを美しいと思った。その気持ちを肯定して、共有する。まさに”平坦な戦場”を生き延びる2人の愛である。

*1:ダジャレです