水木しげる『河童の三平』
- 作者: 水木しげる
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 1988/06
- メディア: 文庫
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この世は通過するだけのものだから、あまりきばる必要ないよ
訃報が流れた際、Twitterやニュースなどでも取り上げられた有名なこの台詞。「気楽にやろうよ」というメッセージをここまで軽やかに、それでいて深く突き刺す事のできる作家というのもなかなかおるまい。なんせ、戦地で無数の死体の山を見つめ、更に妖怪を通じて”この世”ではない場所を追い求めた人である。”生”というものを過程と捉える、この水木しげるの死生観が最も色濃く影を落とす物語が『河童の三平』という作品なのである。
まず、「途中である」という感覚が物語を見事に脱臼させている。ドラマメイクの基本のようなものをスルリとかわしながら、自由にイメージの跳躍を原稿用紙に書きなぐっている。収録話の中でも最大のページ数を誇る「ストトントノスの七つの秘宝」に関しては、それこそ『指輪物語』や『ドラゴンクエスト』のようなファンタジーの王道の構成(と言ってもやっぱりヘンテコなのだが)をとっているのだが、基本的にはどこまでも不条理。河童とタヌキ(好き過ぎる)と小人と死神に囲まれたペーソスとユーモアに満ちたトンデモ話の集まりである。
主人公である三平は私のヒーローである。どんな悲惨な状況に陥ってもクールにスッと受け入れる。なんと齢は7つである。少年を対象としていた貸本漫画とは思えぬほどの積み重ねられる“死”の前で、この作品の登場人物達は動じるという事がない。苦境の前で「ブフォ」と屁をこき、愛しき死者の為には1粒の涙を流す。そして「では、グッドバイ」とだけ呟き、別れるのだ。この「グッドバイ」という台詞がお気に入りなのか、頻繁に登場する。太宰治の遺作を連想してしまうわけですが、このグッドバイ(good bye)という単語、「Good Be With Ye 神が汝と共にあらんことを」という言葉を縮めたものなのだ、とどこかで読んだ事がある。なるほど、まったくをして、死者との別れの言葉にふさわしいではないか。とにかく、今作のラスト数十ページの筆致ときたら。こんなにも冷酷で愛おしい物語が他にあるだろうか。このブログにしては珍しくネタバレを避けておきますので、未読の方はぜひとも手に取り震えて頂きたい。