青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

古沢良太『デート〜恋とはどういうものかしら〜』1話

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唐突な、そして完璧なはじまり。ビックバンドの奏でにのって読み上げられるメール応酬のリズム感でまずその筆致を見せつける。理論整然ハキハキと発する薮下(杏)、ボソっとはっきりしないが艶やかな響きの谷口(長谷川博己)、それぞれの口上の音の対比もいい。待ち合わせ場所に向かうまでの薮下と谷口の仕草や行動だけで2人の人物像がありありと浮かび上がってくるのも素晴らしい。どう見ても胸元に付けるであろうコサージュを頭につけた薮下。そして、不気味に繰り返されるアヒル口。対して谷口の歳に似つかわしくないカシオのデータバンク(キュート!)、突如、読み上げられる寺山修司の海の詩。たくさんのクエスチョンが浮かぶ出所不明の、だからこそ魅力的な"運動"の数々。2人がぶきっちょに腕を組んで歩き出すと共に流れるザ・ピーナッツの「ふりむかないで」、よく晴れた日曜日の横浜の町並み、そこから2人がステージで踊り出すOPまで、この冒頭5分間だけで、このドラマがいかに特別なものであるかを思い知らされる。演出は『テルマエ・ロマエ』(2012)で映画のルック構築の力量を見せた武内英樹だ。



どうやら、これは宮藤官九郎の前クールの傑作『ごめんね青春!』と似通ったテーマを持ち合わせた作品のようだ。あちらは仏教学校とキリスト学校の融解。こちらは文系男子と理系女子のミーツだ。アナログレコードをたしなみ、「ヘプバーンと原節子峰不二子メーテルを足して4で割った女性」をタイプとのたまう文系高等遊民ニート)の谷口。「カーポティも侮れないねぇ」「やはり太宰の描く女性像は母性だよなぁ」「つげ義春はやはり圧倒的だ」「デジタルリマスターで見るカトリーヌ・ドヌーヴは美しいねぇ(ジャック・ドゥミシェルブールの雨傘)を観ながら)」と谷口の台詞はいちいち文系ボンクラでたまらない。友人(松尾諭)がぶつける

お前の問題点はなあ虚構の世界に入り浸っていて現実世界の人間関係が築けないことだ

という谷口への台詞に動揺してしまうのは、私のみならずこのブログの読者にも少なくないと信じたい。対する理系女子薮下は東京大学 大学院数理科学研究科で数理モデルのマクロ経済への応用を研究→内閣府経済総合研究所に入所で貯金数千万という経歴に、曜日ごとに決まったスケジュールをこなしていく几帳面な合理主義者。更には亡き母をイマジナリーフレンドに持つ強烈なキャラクターだ。杏の怪演である。娘の婚期を心配する父(松重豊)、独特な「〜だわ(wa)」という語尾、口上が、小津安二郎映画のオマージュになっている。谷口が原節子を理想の女性の1人にあげていたのも聞き逃せない。さて、『ごめんね青春!』との類似に話を戻そう。結婚相談所で知り合い、初めてのデートの場で、2人は好きでもないのに結婚の約束を取り付ける。

こちらのエントリーで触れた事の重複になるが、「好き→付き合う→結婚する」という一般常識的な枠組みと真逆の矢印を進んでいく。エモーションは後からついてくる。そういった過程で生まれる"好き"は純粋かつ透明な運動性を得る。素晴らしい「ボーイ・ミーツ・ガール」の作劇は、えてして唐突な、理由のない”ミーツ”から始まるのだ。逆説的に恋の本当の意味性を、そして「月9」というドラマ枠そのものを暴き出していくであろう今作、期待しかありません!