青春ゾンビ

ポップカルチャーととんかつ

ミツメ『eye』

ミツメというバンド。

先日リリースされた2ndアルバム『eye』

eye

eye

が素晴らしい。1stアルバム『mitsume』で見せた複雑なメロディーとコードの絡み、繊細なツインギターの絡み、あくまで歌を支えるリズム隊、インパクトの強いフレーズの連なりでヴィヴィットに情景を描きだす歌詞スタイル、2ndアルバムはあえてそのスタイルを一変させた、新しいミツメ像をこちらに提示してきた。驚きであります。1stアルバムを耳にした多くの人が期待したであろう「次世代のスピッツ像」のようなものをヒラリとかわすような、1曲目「春の日」のサイケデリックでスモーキーな音像。リスナーはその煙に巻かれ変化に戸惑いながらも、バンドの確かな成長に打ちのめされるだろう。続く2曲目はシングルとしてカセット、アナログとリリースされた、もはやアンセムと呼んで差し支えない「fly me to the mars」だ。

次に住むなら 火星の近くが良いわ
ここじゃなんだか 夏が暑過ぎるもの

は決して1つのスタイルに留まろうとしないバンドの決意表明、そしてこれらからの新しい世代の合言葉として強く機能していくに違いない。ライブではドラム以外の全員がシンセサイザーに持ち替えて演奏される(ギターを背中に掲げたままシンセを演奏する姿がまたかっこいいのだ)。とにかくこのシンセサイザーの導入がバンドが元々持つ音色のセンスに更に磨きをかけ、より多くの色彩をサウンドに染みこませている。では、バンドがスモーキーな煙の中に浮かび上がらせようとしているのは何か?色をつけようとしているのは何か?eye(瞳)で見つめ(mitsume)るものは何か?それは過ぎ行く時間の流れのように思う。

私は遠い日の事を思った
「春の日」

子供のままで すぐ時が過ぎて
忘れた頃に また旅に出るの
「fly me to the mars」

皺の増えた 瞳から覗けば
今のままで 見えると思うの
「cider cider」

熱を次第に失っても 
同じ顔でなぞって いられるといいけど
「towers」

ミラーに映ったのは 髪の長かった頃の君だったような
「煙突」

そして、ラストを飾る「20」、タイトルの「20」の意味は明確にはされないが、歌われるのはおそらく彼らの過ぎ去った季節のこと。

瞬きのはやさで 季節は 過ぎてゆくのよ
「20」

ボーカルがバンドサウンドから少し分離して、並行するように駆け抜けるアルバム随一のポップチューン。駆け抜けるのは時で、幾重に重ねられたボーカルはこれまでの、そしてこらからの自分。

急いで ずっと ここにいると
急いで いつも ここにいると

まぁ、こんな邪推やこじつけはほどほどにしておこう。


1stアルバムと比べどこか無機質になったサウンドの中で、より浮き彫りになったのはギターフレーズとコーラスハーモニーの妙、そしてボーカル川辺素の節回しの天才性だろう。どうにもこの天才の魅力をうまく言語化する才能が僕にはなくて悔しいのだけども、どうか聞いてみて欲しい、「cider cider」における歌い出しの「甘い汁の空き瓶を〜」や「煙突」における「オイルにまみれて泥だらけ」「陸橋に差し掛かった時」などのハッとするような歌い始めの空気とメロディーのはめ込みを。きっと新世代の台頭を感じて頂けるに違いない。桑田佳祐とか佐野元春とか中村一義とか日本語のロックを推し進めた才能にいつしか名前を並べるのだ、と大袈裟でなくそう思う。2ndアルバム『eye』は日本語ロックを次に推し進める才能とバンドが奏でるニューウェーブサウンドの幸福な融合であります。