岩井俊二『花とアリス殺人事件』
岩井俊二『花とアリス殺人事件』を観た。今なお根強い人気を誇る『花とアリス』(2004)
- 出版社/メーカー: アミューズソフトエンタテインメント
- 発売日: 2004/10/08
- メディア: DVD
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脚本と演出の瑞々しさ。岩井俊二といえば、少女趣味やわざとらしい陽光に目が行きがちだったが、その台詞回しやシチュエーション設定の豊かさ、オリジナリティを改めて称えたい。終電をなくし、家に帰れなくなった2人の少女。夜道を歩くでもなく、駐車場で月夜の下バレエを踊り、踊り疲れた後、大型トラックの下で暖を取りながら眠る、なんて筋を誰が他に書けようか。そして、素晴らしいのは、ロトスコープでこだわりぬいて描かれたであろう「走る」モーションの数々。望むでもなくリレーの選手に選ばれるほど足の速いアリス(蒼井優)が、その脚力を発揮するに足る瞬間を演出していく映画とも言える。また「着替える」映画である。
転校生のアリスは在庫が足りない為、他の生徒とは違う制服を着ている。引きこもりの花(鈴木杏)は家でジャージーを着ている。つまりこの映画は、彼女達が、互いに同じ制服を身に纏うまでの物語と言える。また、「着替える」という運動は、アリスを男の子に変装させ、花を引き籠った家から解き放つ。ラストにおける、互いの制服を「似合わねー」と言い合うという、前作冒頭からの反復もいい。ロードムービー的な物語の裏で、同時に「走る」「着替える」といった運動が駆動し、映画にエモーションを宿している。
それまでのほぼ全ての作品でカメラを託していた篠田昇を2004年に失って以来(つまり『花とアリス』以降)、好みは分かれるものの邦画界のトップランカーと言って過言ではなかった岩井俊二は、わかりやすく精彩を欠いていく。これには時代の寵児であった小沢健二が、そのリズムを委ねていたDs青木達之(東京スカパラダイスオーケストラ)の死後、沈黙を与儀なくされた事を想わずにはいられない。小沢健二が後に発表する『Eclectic』(2002)、『毎日の環境学: Ecology Of Everyday Life』(2006)といったアルバムは、上物に海外の一流ミュージシャンを起用していながらも、リズムに関しては小沢健二自身の打ち込みであった。より長い沈黙を貫いた岩井俊二による長編『ヴァンパイア』(2012)のカメラクレジットを確認してみれば、そこには「岩井俊二」とあるではないか。小沢健二と青木達之にしても、岩井俊二と篠田昇にしても、なんという一途な魂の結びつきだろうか、と涙腺が刺激される。何より感動的なのは、『ヴァンパイア』に続く、劇場公開監督作がロトスコープでのアニメーションであった事だろう。『花と在アリス殺人事件』がアニメーション作品になった事で蘇ったのは、主演女優2人の若さではなく、篠田昇のカメラの質感なのだ。必見です。